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緑の大地

Author:緑の大地
名前:大地
年齢:40代後半
   
仲間と、05年に会社を興し、 
悪戦苦闘の毎日です。

気が向いたら?(あはは~)
経営コンサルタントもやります。

仕事で全国各地回ってます。
あなたの街にも行きますよ~
その時は遊びましょう♪♪

「楽しくなければ、
     生きてる意味はない」

「優しくなければ、
          人間じゃない」

皆で、楽しみましょう。
宜しくお願いします。

最近、バイクが趣味になりました。
(なかなか乗れませんが・・・)

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責任(200回記念再投稿・・爆)
気がつけば、私のこの拙いブログも、
200個の記事を書いてました、
これは読んで頂いてる皆様の応援のお陰ですね!!

ありがとうございます

これからもよろしくお願いしますね。

と言うことで、今回は200回記念の

「手抜き再投稿」・・・と言うことになりました!あはは~~

この記事は私の思考の「根幹」を形成してるものです。
200個の記事の中でも、
私的には一番好きな記事かもしれません!!

少々長いですが、読んでくだされば幸いです




責任とは?なんでしょうか?

『責任』  よく聞く言葉ですよね。

書き出すと多分意味不明になってこれを読んでる方が、
退屈になると思うので。  
過去の時代の話の中で考えていくことにしましょう。



前回「大政奉還」の話を書いたので今日もそのへんの時代で話しましょうか。

今回の登場人物はかの「西郷隆盛」と「榎本武揚」で話しましょう。

「西郷隆盛」はいまさら私が語らなくともお分かりの人物ですよね。

「榎本武揚」大政奉還に反対して幕府軍を率いて函館にて
「蝦夷幕府」を開き最後まで、官軍に抵抗した人物です。
(その中には新撰組なども関係していますがその話はまたの機会に)

今日は「責任」と言う話ですから、  

この両君の責任意識について書きたいと思います。



西郷隆盛::
大政奉還に向かう時代、
長州藩(今の山口県)薩摩藩(今の鹿児島県)の
二つの藩が凄い力を持ってました。
長州藩にしても薩摩藩にしても、
一藩でその当時の外国の「一国」と
戦争を起こしたぐらいの力を持ってました。
私は歴史学者でも評論家でもないので、
はっきりとしたことは分からないですが、
多分その頃のこの二藩は個々の藩でも、
当時の徳川幕府にも対等に相対することも出来たと思います。

この二藩が力を合わせれば、徳川幕府は多分負けていたでしょう。
しかし残念なことにこの二藩は、仲が悪かったのです。
その二藩の仲を持ったのが

「坂本竜馬」なのは、

皆さん ご存知ですよね。


長州藩と連盟を組んで幕府に相対する

薩摩藩の人達は
      
「おいどんが、くにが一番でごわす(どすこい・・笑)」
      
と言ったかどうかは定かではないですが・・
大嫌いな長州藩と手を組む必要は無い。
そう考えてたと思います。
そんな人々のリーダーが

「西郷隆盛」だったのです。

西郷が、どのように薩摩藩の人達を説得したのか、それは、、
      
これから先は私の個人の見解です(笑)

こう説得したのでは?

「おいどんが藩が、こん日本の中心に、なっために
長州の、馬鹿どんが力ば、利用しよう~」
       
注意:鹿児島人では有りませんので方言に間違いが有ると思いますが、許してください。
    
そんな感じで、薩摩の人々は薩長連合に、同意したと思っています。 

そうして、時代は鳥羽伏見の戦い、会津藩・白虎隊、等・・ 

最後に函館での「戊辰戦争」
これに勝利して官軍は「大政奉還」をなしえるわけです。
      
そうして新政府が造られ明治時代へと日本は進んで行く訳です、、、

しかし!!薩摩藩の人々は、

薩摩が日本の中心になる為の戦争であり連合であったと思っていましたから、

西郷隆盛に、、
      「西郷さん、話しちやうやん~~~」
      (注意::多分関西弁ではなかったと思います・笑)

そう迫ったと思います。

責任を感じた西郷は、その責任を取るべく、

今度は新政府を倒すべく戦争「西南の役」へと進んで行きます。
勿論西郷は新政府に薩摩藩一藩で対抗できるとは夢にも
思っていませんでしたが、
薩長連合を組むときに人々を説得した言葉があるために、
後に引けなかったのだと思います。

「西南の役」が始まり薩摩藩は新政府軍に敗戦につぐ敗戦・・・
ついに西郷はなんと言う場所かは忘れましたが、
自分の側近に

もう良いでしょう

と言う言葉を残して、切腹して、西南の役が終わります。



榎本武揚::
徳川幕府の「海軍副総裁」だった人です。
徳川時代に若者を積極的に留学させたり
幕府にも新しい「物」を海外から取り入れさせたり、
ある意味「坂本竜馬」的な思考があった一人かもしれません、
(この時代そんな人は沢山居たと思います勝海舟もその一人だと思います。)
      
薩長連合を初めとする官軍に押されついに

「無血開城」

と言う形で260年の歴史を徳川幕府は閉じるのですが、、、

中には「最後の一人まで戦うべきだ!!!」と言う人達も当然居たのです、
その人達をそのままにしていては、
「無血開城」したのに、
戦争が激化する、それを心配したある人は、

「最後まで戦うべきだ」と言う人達をまとめて
当時の「蝦夷」今の北海道に、新政府を造ります。
(この辺の話も割愛します)

しかし、官軍はそれを許しませんでした、、
それが、大政奉還の中での最大の戦争

「戊辰戦争」になっていくわけです。

その中心人物が「榎本武揚」です。

(戊辰戦争では、新撰組の、土方歳三なども命を落としてます。)

結局榎本軍は、負けてしまうのですが、、
大勢の人を率いて函館まで来て、
大勢の人を死なせてしまった、、
最高責任者である榎本は官軍に

投降」してしまいます。

そして

「大勢の人の命を奪って造られた官軍が作る新政府の、
いく末を見てやる。」


そんな感じで言ったみたいです。

後に榎本は政府の、「友好大使」として、
ロシアに行き途中シベリアの地を見ながら

「死んでいった仲間」を思って涙したらしいです



またまた、、、だらだらとした、長い話になりましたね。あはは~~ 

『責任』
     死んで責任を取った「西郷隆盛」
     生きて責任を取った「榎本武揚」


私はこの両君から

「責任」とはなんなの??

と考えさせられました。

確かに、

死んで責任を取った西郷隆盛は、
立派だと思いますし。

榎本武揚の責任の取り方
その当時としては

卑怯者」だったと思います。  

でも、

私は西郷のほうがはるかに「責任」と言うものに
「鈍感」だったと思います。
それどころか、、

無責任

そう感じてしまいます。

そんな考え方が不幸にも現代社会の中にも有るのではないのでしょうか? 

責任を取るために

「辞めればいい」「弁償すればいい」・・等

私の中での責任とは「榎本武揚」的な発想の中で

    

『責任とは矛盾の演出である』 


そう思っています。

簡単な表現をすると、、ミスをした理由を考えて、
           その行動をしない行動を取る(矛盾)

難しい表現をすると、、ミスした思考言動行動は、間違いと認め
           改める。

簡単そうですが、意外と難しいのですよね。


まだまだ、書き加えたいことが沢山あるのですが・・
長くなるので、、、この辺で終わります。



私の思考の原点理解してもらえたら幸いです。

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止めます。今後は『出来る事なら』プラグインの方でお願いしますね。あはは~~


        
 
     
      
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出来る人の条件 | 2007/01/21(日) 16:26 | | Comments:(19)

やった!一番乗りっ!
って、コメ打ってるうちに2番かもぉ~?

さて、この間のうちの常務にしてもらった話に似たものがありました。

数字を落とすと「責任を取ってやめます」という支店長がいるけれど
「責任」は、「取る」ものではない。
「責任」とは「果たす」もんだ。

ワタシも「やめる」のは「逃げ」な気がします。
まー、切腹が「逃げ」かと言えば、お叱りを受けると思いますので
西郷さんの場合はちょっと置いといて…

何もかも放って逃げ出す人が社会に多いと思います。
「責任を取れっ!」って言ってる人も
そんな安易な事を望んでいるわけではないのですが。

うちの先日からのゴタゴタも、なめた課長が逃げ出すというトラブルでした。
辛くても苦しくても逃げずに戦う事で、
責任を果たして欲しかったですね。



2007/01/21 日 17:05:00 | URL | タネ #-編集
責任という言葉の意味も軽くなったような気がします。
大地さんの言いたいことなんとなくわかったような気がしますが
責任を取るっていうのも大変ですね。
その取り方一つで歴史も様変わりすることもあるでしょうしね...
2007/01/21 日 17:06:21 | URL | ミュジニー #-編集
あたしは榎本武揚派です。
歴史のことはよくわかりませんが(^-^;
何かあるとお偉いさんが辞職してるニュースをよく見ます。
辞職するなら、自分が迷惑をかけた人達にお詫びをして、その人達が今まで通りに生きていけるようにしてから辞職しろって思います。
何か問題を起こせば辞めれば良いと言うのは嫌いです。
あたしは問題を起こしてないけど辞めたいですが(笑)
2007/01/21 日 17:54:58 | URL | takako #tS.PkSok編集

責任ですか・・・
イマイチなにも思い浮かばないですね^^;
責任をもって大きなことをしたことがないからですかね?

あっ!でもスロや株は究極の自己責任ですね☆
株の負けはちゃんと勝って取り返して責任果たします^^
逃げようと思ってももう逃げれないっすけどねw

意味不明ですいません^^;
記事200回おめでとうございま~す☆
2007/01/21 日 23:41:23 | URL | てつ #3DpfYUu6編集

「責任」についてのこの記事。
わかりやすくて、とても好きです。
子供のころは西郷隆盛って切腹して責任を
とるなんて、大したものだと手放しに
感心してましたが、
今ではずいぶん考えが変わり、榎本武揚の
行動が理解できるようになってきました。
歴史って本当に勉強になりますね。
人間の奥深いものの考え、表面だけを
なぞっていたのでは見えてこないですね。
2007/01/21 日 23:49:40 | URL | ジェレミー #-編集

函館の五稜郭に行くと記念のものがたくさん展示してますね。
>『責任とは矛盾の演出である』
この言葉、受け取る人によって本当に
様々な解釈があると思いますが、
かなりの名言だと思いますよ。
なんか僕が言うのはすごく偉そうで悪いのですが、
その通りだと思いますよ。
本当の責任ってなんなのか、と。
本当の解決策はそれでいいのか、と。
自分自身に「何度も何度も」問いただしたところで足りないはず。
やめる、あきらめる、etc
これらの選択をしない限りそこに改善の余地はあるはずなのに。
とかなんとか、色々と考えましたよww
記念すべき200回記事に再投稿する大地さん、素敵ですwwww^^
2007/01/22 月 02:39:32 | URL | 裏ダブル #-編集

責任・・・
私の責任ってなんだろう?
そして少しでも果たせているんだろうか?
そう考えてみて、うっっと行き詰まりました。
この機会に考えてみます。。。

200記事突破、おめでとうございます!
2007/01/22 月 10:00:19 | URL | マダム #-編集

お疲れ様です^^

前にも読みましたが
コメはしてないのでコメリます^^

この大地さんが言われている考えまさしく自分と同じです!!
まだもう少し若い頃から
政治家達が悪いことをして辞任とかするのを見るときにいつも辞めても何の解決にもならないだろう!!とか思ってました
それは今でもかわら無いですけど!

密かに200回数えていた大地さん素敵です^^
凸はいつもしときますよ!!
2007/01/22 月 12:39:20 | URL | sakula #-編集

義兄さん、200回おめでとう!!

私、西郷ドンの最後に腹切ったという穴、鹿児島の観光で実際に見たよ~。ただの穴だったけど(笑)

最近の若い人の中には多く、中高年にもやや多く「責任取って辞めます」みたいな人多いですよね~。責任取らなきゃいけないモノが完結していないのに辞めるなんて、ただの逃げですよね~。せめて解決してから辞めてくれっつー話ですな。
ある本に、重大なミスをした女性が上司に「いざとなれば自分で責任取ります」と言ったら上司が冷めた顔で「そんな事を簡単に言う君に責任なんて取れやしない」と言い放つ場面がありましたが、それと同じですね。
罪は”進行”している中で償いもあるけど、命や職を断ち切ってしまえば無責任にも逃げられますもんね。
このへんの考えって、やっぱり人間性の違いなんでしょうかね(笑)
まぁ今の日本には、自分で産んだ子供の責任すら取れない親が多いので、それ以前の教育からやらないとダメかも・・・はははは!
2007/01/22 月 14:13:03 | URL | ネギ #-編集

責任の取り方って難しいですね。。。
僕は、
迷惑を被った人が一番喜んでくれるように動くのが責任の取り方だと思っています。

バナー貼り付ける作業めんどくさいですね^^
2007/01/22 月 18:59:21 | URL | カズオ #-編集

200記事突破おめでとうございます

責任の取り方は西郷ドンの方がカッコイイとは思いますが
TVでお偉いさんが責任を取って辞職とか見ると
逃げたようにしか見えません
辞めないで残るとそれはそれで又バッシングされるでしょうし
貢献したとしても目立たないでしょうね
どう取ればいいか難しいもんです
2007/01/22 月 21:38:38 | URL | 由岐乃嬢 #-編集

政治家の人たちが、「辞任します」って言っても、逃げたって思うし、
「このまま続ける」って言っても、そこまでして今の地位にしがみつきたいの??
なんて思ってしまいます。
結局、どっちにしても気に入らないんですね・・・。

それでも、やっぱり逃げたらダメですよね。
2007/01/23 火 00:31:03 | URL | だゆ #GglSdHT6編集

責任の取りかた…難しいですね。今の日本社会では巨大企業が問題を起こしたらトップが辞任して解決を試みる事が多く見られますが、これは世間がやはり続投を許さないからなんですかね。世間に分かりやすいだけの解決法が切腹だったり、辞任というだけで実際には何の解決にもならない気がしました。
2007/01/23 火 01:16:06 | URL | にー #-編集

死んで責任取るのは無責任ですよね(^_^;)

Σ( ̄□ ̄;||| でもだゆちゃんと同じで政治家止めても続けても気に食わない!不思議ですね!

死んだり止めたりして前より何かがいい方向に変われば『責任取った』と言えるんでしょうけどねぇ(・ω・;)(;・ω・)

帰ってからプラグインポチしますね( ´艸`)
2007/01/23 火 09:38:32 | URL | アッシュ #-編集

こんばんわ^^
いつも、いつも難しいなあ・・・と
思いながら読んでいくのですが、今回は
大好きな幕末のお話・・・すーっと引き込まれました。
そうですねえ・・・・
お前はどちらの責任の取り方をするかと
聞かれたら、やっぱり『榎本』の方を
とると思います。

無様な生き恥とは思いません。

●イ●ドアの一人が自殺しましたよね。
あの人の死は、ボスを守る死ではなく
自分の家族を守る死だったような気が
しています。ボスはきっと自分のためと
勘違いしているかなあ・・・?

そんなこと考えた時もありました。

百人百様の考えや行動がありますが、
私が心がけていることは・・・・
『有言実行』です・・・・かな?

あ~~言い切りたい!!ふふふ・・・・
2007/01/23 火 18:18:10 | URL | そら #mQop/nM.編集
以前の話で「上司は部下の言うことを聞かなくて良い」
といった感じの話があったと思うのですが
責任の取り方という点で
今回の話と上手く頭の中でリンクさせることが出来ません。
何かありましたらよろしく御願いいたします。
2007/01/23 火 22:07:20 | URL | ミュジニー #-編集

責任をとると言う事は難しい事ですよね。
よく使う言葉ですが本当に責任を真っ当出来ると言う事はなかなか出来る事ではありませんし、大概は最後は妥協を望みます。
まともに責任のとれる人物になりたいですねw
2007/01/24 水 18:55:36 | URL | 竹美 #-編集

そうですよねぇ~。。。
戦国時代とかって死をもって!とか
戦時中も自決するコトに対して 何故か美。
今では 責任という言葉を使って 辞める。
考えてみれば 
ただの逃げ。なのかもしれないですね。
日本の風潮なんですかね?
そして今の日本人は 無責任。何しろ。愛国心が無いですもんね。
どうする?日本!?
って感じってコトなのかな?
(書いてて意味が分からなくなってきてしまいましたよ。すみません。^^;)
2007/01/25 木 12:23:05 | URL | margaretto #-編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/01/26 金 00:16:45 | | #編集
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