背伸びをしましょう!
これは私の「モットー」です。
あるがままの自分で居たい、、勿論自分に満足してる部分は、
そう思っています。
しかし、「目標」とか「夢」に対する部分には、
絶えず、
『背伸び』 しておきたい。
背伸びとは、どのようなことを言うのかと言えば。
なりたい自分になった時の、
状態をリアルに「創造して(想像では有りません、想って、造るのです)」
その状況(達成した時)に、自分はどの様な、人格になり行動を取るのか。
それを、考える事が、目標達成の第一歩だと思っています。
私が、オファーを受けて、伺う会社は、当然何がしかの問題なり、
目標なりを、持っています。
そして、当然それが、上手く行っていない為に、オファーが来るわけですね。
そしてその企業を、見ます、、
色々な、問題点があります、勿論その問題点と言うものは、
失礼な言い方をすると、「素人」でも分かる所も沢山有ります。
(それ自体気が付かないほど、「病んでる」企業が信じれないほど多いのも事実です)
「活気が無い」とか「整理整頓がなされてない」とか「目標達成意識が無い」とか・・・
勿論それは、軽く注意をします。
しかし、この程度の事で、企業が良くなれるのなら、世の中、
倒産する企業など「皆無」でしょうね。
その様な企業に対して、私が一番に注目するのは、
社長始め、経営陣の、「未来への創造力」ですね。
とかく、問題と言うものは「現実的」な部分ですから、
現実解決が、大切だと思っている人が多いです。
少し、本など読んで勉強してる人だと、
目標を達成した時の自分の気持ちを、リアルに想像すると言う事は知ってますね。
確かにこれが大切なのですが、、
本当に大切なのは、その先なんです。
例えば(実際に私が経験した企業の話です)
従業員8人、現状ギリギリの状態での経営、
目標売り上げ、5倍増。(細かい事は割愛します)
私は、その企業を、朝から見させてもらいました、
社員の、活力の無さ、事務所の機能性、、、etc、、素人目にも、気が付くところもありました。
その日の夜に、社長から「どう思いますか?」と聞かれて、
私は、沢山の問題は有るでしょうが、
一番の問題点は、
「社長を初め、経営陣の目標意識が、見えないと言う事ですね」
社長「なかなか、私が言っても、皆理解してくれないのですよ」
私「社長、貴方は何か、誤解してませんか?会社を良くするのは、
社員ですか?私は、方向性を決める人の責任だと思いますが」
社長「方向性は打ち出してますが・・」
私「では、社長は、立てた目標が達成したら、どの様に成ってると思いますか?」
社長「意味が良く分かりませんが・・・」
私「では、例え話で話しましょう」
「社長の、目標は伺いました、その目標通りに行くと、会社はある程度、社員も増え、
企業としても、「体」をなすでしょう。その時、社長は、
どの様な心構えで、人と話し、どのような態度で人と接しますか?」
「会社がこうなれば、、事務所を大きくして、環境をこう整え、車を買って、家造って、、、
その様な事は、当然ついて来る事です。」
「今のままの社長だと、
綺麗な事務所に入っておきながら、全くの常識の無い社長でしかないと思います。
勿論世の中は面白いもので、人格が後から付いてくる場合も往々としてあります、
でも、今の社長の状態だと、そちらは夢のまた夢でしょう、それこそ無い物ねだりでしょう、
だったら、「逆も真」です、まず会社が目標とする、地点に達した時に、
企業としての、「人格」を、今のうちから、実行するべきです。
社長と社員が、仲良いのも良いでしょう、
社員が何十名になってもそうするんでしたらそれはそれで良いと思います。」
「でも、目標と達成するには必要な「人格」が有ると思います。
今の社長からは、「この状態だから良いか」と感じてる部分が多く感じられましたが。」
「目標とする、所に到達した時に自分の、人格までも、
リアルに創造して、今からそれに備える、
人格が先行しても良いと思います。」
「結果、それなりの人には、それなりの人格が絶対的についているものですから。」
「勿論ベストは、立場も、人格もですが、それは理想でしょう?」
「学校教育においても、『来るべき社会人、来るべき未来』に対して、
全ての教育をする場所であって、」
「現状の問題点を解決すれば、「良い」的な風潮が有る事が、
今の問題点であるのと一緒ですよね。」
「学校なら、勉強の最中ですから、待ってくれるでしょう。」
「社会人になったら、誰も待ってくれません。」
だから、
「極論で言うと、「ふり」をして下さい、という事ですよ。
そのうち本物になりますから。」
ただし、その影では、膨大な努力は必要でしょうがね。
『応援お願いします!!』

これは私の「モットー」です。
あるがままの自分で居たい、、勿論自分に満足してる部分は、
そう思っています。
しかし、「目標」とか「夢」に対する部分には、
絶えず、
『背伸び』 しておきたい。
背伸びとは、どのようなことを言うのかと言えば。
なりたい自分になった時の、
状態をリアルに「創造して(想像では有りません、想って、造るのです)」
その状況(達成した時)に、自分はどの様な、人格になり行動を取るのか。
それを、考える事が、目標達成の第一歩だと思っています。
私が、オファーを受けて、伺う会社は、当然何がしかの問題なり、
目標なりを、持っています。
そして、当然それが、上手く行っていない為に、オファーが来るわけですね。
そしてその企業を、見ます、、
色々な、問題点があります、勿論その問題点と言うものは、
失礼な言い方をすると、「素人」でも分かる所も沢山有ります。
(それ自体気が付かないほど、「病んでる」企業が信じれないほど多いのも事実です)
「活気が無い」とか「整理整頓がなされてない」とか「目標達成意識が無い」とか・・・
勿論それは、軽く注意をします。
しかし、この程度の事で、企業が良くなれるのなら、世の中、
倒産する企業など「皆無」でしょうね。
その様な企業に対して、私が一番に注目するのは、
社長始め、経営陣の、「未来への創造力」ですね。
とかく、問題と言うものは「現実的」な部分ですから、
現実解決が、大切だと思っている人が多いです。
少し、本など読んで勉強してる人だと、
目標を達成した時の自分の気持ちを、リアルに想像すると言う事は知ってますね。
確かにこれが大切なのですが、、
本当に大切なのは、その先なんです。
例えば(実際に私が経験した企業の話です)
従業員8人、現状ギリギリの状態での経営、
目標売り上げ、5倍増。(細かい事は割愛します)
私は、その企業を、朝から見させてもらいました、
社員の、活力の無さ、事務所の機能性、、、etc、、素人目にも、気が付くところもありました。
その日の夜に、社長から「どう思いますか?」と聞かれて、
私は、沢山の問題は有るでしょうが、
一番の問題点は、
「社長を初め、経営陣の目標意識が、見えないと言う事ですね」
社長「なかなか、私が言っても、皆理解してくれないのですよ」
私「社長、貴方は何か、誤解してませんか?会社を良くするのは、
社員ですか?私は、方向性を決める人の責任だと思いますが」
社長「方向性は打ち出してますが・・」
私「では、社長は、立てた目標が達成したら、どの様に成ってると思いますか?」
社長「意味が良く分かりませんが・・・」
私「では、例え話で話しましょう」
「社長の、目標は伺いました、その目標通りに行くと、会社はある程度、社員も増え、
企業としても、「体」をなすでしょう。その時、社長は、
どの様な心構えで、人と話し、どのような態度で人と接しますか?」
「会社がこうなれば、、事務所を大きくして、環境をこう整え、車を買って、家造って、、、
その様な事は、当然ついて来る事です。」
「今のままの社長だと、
綺麗な事務所に入っておきながら、全くの常識の無い社長でしかないと思います。
勿論世の中は面白いもので、人格が後から付いてくる場合も往々としてあります、
でも、今の社長の状態だと、そちらは夢のまた夢でしょう、それこそ無い物ねだりでしょう、
だったら、「逆も真」です、まず会社が目標とする、地点に達した時に、
企業としての、「人格」を、今のうちから、実行するべきです。
社長と社員が、仲良いのも良いでしょう、
社員が何十名になってもそうするんでしたらそれはそれで良いと思います。」
「でも、目標と達成するには必要な「人格」が有ると思います。
今の社長からは、「この状態だから良いか」と感じてる部分が多く感じられましたが。」
「目標とする、所に到達した時に自分の、人格までも、
リアルに創造して、今からそれに備える、
人格が先行しても良いと思います。」
「結果、それなりの人には、それなりの人格が絶対的についているものですから。」
「勿論ベストは、立場も、人格もですが、それは理想でしょう?」
「学校教育においても、『来るべき社会人、来るべき未来』に対して、
全ての教育をする場所であって、」
「現状の問題点を解決すれば、「良い」的な風潮が有る事が、
今の問題点であるのと一緒ですよね。」
「学校なら、勉強の最中ですから、待ってくれるでしょう。」
「社会人になったら、誰も待ってくれません。」
だから、
「極論で言うと、「ふり」をして下さい、という事ですよ。
そのうち本物になりますから。」
ただし、その影では、膨大な努力は必要でしょうがね。
『応援お願いします!!』

本日朝8時に、某議員さん宅に行ってまいりましたよ〜〜
(プレゼン準備の為のプレゼンと言うか、ご挨拶の為です)
御歳76歳、、信じれません!若いです、、先生とはあのようなものなのですね!
仕事の事など忘れて、ただただ、見入っておりました。(爆)
仕事の事にも、的確に質問されて、理解も的確、ただただ、感服。
こんな事書くと失礼なのでしょうが、、
「大したものです」 (私のブログ見られませんように!!)
本日、これから「バタバタ」しております(私にしたら、珍しい事に)
よって、記事のアップが出来ません!
明日は、アップできると思いますので、よろしくお願いします。
緑の大地。
ここ二日ほど、、まともにアップしておりませんが、、
皆様の、「暖かい、ワン、ポチ」をお願いします。

(プレゼン準備の為のプレゼンと言うか、ご挨拶の為です)
御歳76歳、、信じれません!若いです、、先生とはあのようなものなのですね!
仕事の事など忘れて、ただただ、見入っておりました。(爆)
仕事の事にも、的確に質問されて、理解も的確、ただただ、感服。
こんな事書くと失礼なのでしょうが、、
「大したものです」 (私のブログ見られませんように!!)
本日、これから「バタバタ」しております(私にしたら、珍しい事に)
よって、記事のアップが出来ません!
明日は、アップできると思いますので、よろしくお願いします。
緑の大地。
ここ二日ほど、、まともにアップしておりませんが、、
皆様の、「暖かい、ワン、ポチ」をお願いします。

昨日の記事の補足説明を、、、
記事というほどのものではありません、
「万華鏡」のそらさんへの、コメント返しをそのまま、転写しただけですから。爆
(昨日のコメントをみれば、殆ど同じものが、長々と書いてあります。)
では、、、貼り付けよーーーい!!
そらさん おつかれさま〜
難しかった、と言うより、私の文章が抽象的過ぎた、
もしくは、文章になっていなかった、、って事ですよ。
(自身に確信アリ?爆)
「心の繋がりの大切さ」と言う意味の「心」では有りません
(有る意味、繋がなるのは当然ですが・・)
コメントでshiniが書いていてくれた「心」の部分を「コンセプト」と書いた方が
分かりやすかったかも知れません。
企業が、「何処に」力を入れて、「営業」をして行き、
お客が企業に何を求めるのか?と言う事ですよ。
そらさんが、書いて有る理由で、正社員を雇わない、
これは、そらさんの、企業としての、「コンセプト」ですよね。
「プロは手抜きをするから、、」それも、企業としての、考え方でしょう、
私が、塾経営をするなら、スタッフは全てプロで固めるでしょう、
企業コンセプトはこうです、
「性格教育はご家庭で、当社では一切致しません、
しかし学業における能力アップは、約束いたします」
一月の月謝は、中学生で1教科、最低、4万はもらわないと、経営できないでしょう。
一クラス、20名程度になりますかね。
授業は、4万程度なら、月に5回が限度ですかね。
勿論スタッフは、正社員で、3クラス受け持ってもらって、他のアルバイトを一切禁止します、
給与は、150万円程度だと思います。
これが、私の「心」=「コンセプト」だとした時に。
これを理解して、私の塾の方針=コンセプトに
合致する、ユーザーの数が、経営的に確保できる事、
企業の有り方を理解して、それを利用しようと言うユーザーが何人いるかだと言う事です。
昨今の状態は、ユーザー側の理解が不足してるのか?
企業側の説明不足なのか?、、、、
多分両方でしょう、
ユーザー側は、都合よく関連した事であれば、なんでも求め。
企業側は、売り上げが上がるなら、コンセプトを無視した、
場当たり的な、サービスの提供をしてしまう。
私は、そんな事を、なんとなく書いただけです、
また意味不明ですか?
諦めてください、、本人が意味不明です、、
本文を中略した為に、、中途半端な文章になってしまいましたから、、あはは〜〜
鋭い突っ込み有難うございました!爆
又後で顔出しますね。
以上です、、
昨日のコメントを読んでいただければ、この他に、あれやこれやと書いてありますので、
読んで頂ければ、幸いです。
本日は手抜きですみません!!
『応援お願いします!!』

記事というほどのものではありません、
「万華鏡」のそらさんへの、コメント返しをそのまま、転写しただけですから。爆
(昨日のコメントをみれば、殆ど同じものが、長々と書いてあります。)
では、、、貼り付けよーーーい!!
そらさん おつかれさま〜
難しかった、と言うより、私の文章が抽象的過ぎた、
もしくは、文章になっていなかった、、って事ですよ。
(自身に確信アリ?爆)
「心の繋がりの大切さ」と言う意味の「心」では有りません
(有る意味、繋がなるのは当然ですが・・)
コメントでshiniが書いていてくれた「心」の部分を「コンセプト」と書いた方が
分かりやすかったかも知れません。
企業が、「何処に」力を入れて、「営業」をして行き、
お客が企業に何を求めるのか?と言う事ですよ。
そらさんが、書いて有る理由で、正社員を雇わない、
これは、そらさんの、企業としての、「コンセプト」ですよね。
「プロは手抜きをするから、、」それも、企業としての、考え方でしょう、
私が、塾経営をするなら、スタッフは全てプロで固めるでしょう、
企業コンセプトはこうです、
「性格教育はご家庭で、当社では一切致しません、
しかし学業における能力アップは、約束いたします」
一月の月謝は、中学生で1教科、最低、4万はもらわないと、経営できないでしょう。
一クラス、20名程度になりますかね。
授業は、4万程度なら、月に5回が限度ですかね。
勿論スタッフは、正社員で、3クラス受け持ってもらって、他のアルバイトを一切禁止します、
給与は、150万円程度だと思います。
これが、私の「心」=「コンセプト」だとした時に。
これを理解して、私の塾の方針=コンセプトに
合致する、ユーザーの数が、経営的に確保できる事、
企業の有り方を理解して、それを利用しようと言うユーザーが何人いるかだと言う事です。
昨今の状態は、ユーザー側の理解が不足してるのか?
企業側の説明不足なのか?、、、、
多分両方でしょう、
ユーザー側は、都合よく関連した事であれば、なんでも求め。
企業側は、売り上げが上がるなら、コンセプトを無視した、
場当たり的な、サービスの提供をしてしまう。
私は、そんな事を、なんとなく書いただけです、
また意味不明ですか?
諦めてください、、本人が意味不明です、、
本文を中略した為に、、中途半端な文章になってしまいましたから、、あはは〜〜
鋭い突っ込み有難うございました!爆
又後で顔出しますね。
以上です、、
昨日のコメントを読んでいただければ、この他に、あれやこれやと書いてありますので、
読んで頂ければ、幸いです。
本日は手抜きですみません!!
『応援お願いします!!』

本日は、昨日の続きのアップ予定でしたが、
我社としては、珍しく?仕事が、バタバタしてますので、
中略して、結論も飛ばして、、問題提起のみで、閉めようと思います。
〜〜〜世の中というものは、瞬間は便利な「機械」が支配する、
機械が支配すると、企業側としても、安定供給、ローコスト、、等
メリットは沢山有ります、
例え話をいくつかしましょう。
1年ほど前にトヨタ自動車が、日本国内に「レクサス」と言う、
販売チャンネルを、全国的に出店しました、その出店に対して、
どのような点に、マスメディアは注目していたのでしょう。
『接客サービス』に対してだったのは、皆さんご存知ですよね!
一流のホテルから、指導者を招き、社員教育をする。
私は車好きですが、現段階で「レクサス」を、購入する意味は、そんなにありません、
しかし、販売店の「気持ち良さ」だけで、買う価値は、変化しますね。
それに相反して、「ホンダ」はどうでしょうか?
販売店は月並みでしょう、しかしホンダの場合は、
「開発費」に掛ける資金は、売り上げ対比で見ると、トヨタと比べても、桁が違います。
それは、開発に携わる人も、周知の事実でしょう。
ホンダの開発人は、「誇り」を持って、取り組んでいる事でしょうね。
トヨタの開発人が誇りを持っていないと言ってる訳ではないのですよ。
「誇り」の質が違うと言ってるんです。
(トヨタも、ホンダに習い、昨今は力を入れてますから、これからのトヨタは楽しみですね、
世界の車産業の中では「脅威」でしょうが。)
次に「回転寿司」
何年前か良く知りませんが、、世に回転寿司なる者が登場した時、
世の寿司屋さんは、「全くの別物」と言う感覚、目線で見ていたと思います、
一皿100円と言う、分かりやすい会計システム、、
(長くなるから、結論です)
機械がシャリを握り、学生アルバイトがネタを付け足して、握る、、時代から。
今の回転寿司屋さんでは、熟練の職人を入れ、初期の頃の流れとは全く違っていますね。
もう一つ、「教育産業」
通信教育と言う、「画期的なシステム」が現れ、
それが、小中学生の教育まで降りてきて、有る企業は、巨大化しました。
大人なら、「自分の意思」でやり続ける事も可能でしょうが、
まだまだ、子供には難しいでしょう、それに対応する為に、「添削」を付け「電話相談」
「FAX学習」を付け、最近は「テレビ電話」まで付けてる所もあるみたいです。
しかし、それでは、「心」の部分が全く無いのですね。
サービス(ビジネス)提供する側も、受ける側も。
耐震偽造問題、これも然りですね。
昔の「大工仕事」の時代なら、「心」の仕事を大工さんはしますから、
「手抜き」=「自分への冒涜、お客さんへの裏切り」となるわけですね。
まずしないでしょう。
大型販売店然りです、一時期「ダイエー」時代がありました、
全国の小売店主は戦々恐々、、「嵐」に巻き込まれ、廃業したお店も多いでしょう。
しかし、所詮は「心」無き、従業員、「期待」無き、お客。
(ダイエーの包装紙で贈り物が出来なかった時代が象徴してますね)
その中で百貨店は生き残っていますね(辛うじて)その理由は簡単です。
「外商部」と言う、百貨店の売り上げの大きな柱があるからです。
外商部=心の繋がりですね。
斜陽の一途・・と言う地方百貨店を見ると、「売り場充実」「建物充実」
「商品充実」などに目が行っている、感じが目に付きますね。
現在のパチンコ業界のことを書きましょう。
何故に?「検定」なるものがあって、「使用期限」を付けられるのでしょうか?
それはこうです。
国が「パチンコ屋を信じていない」と言う事。
だったら、売り上げ、利益、等を誤魔化さない、機械メーカーに、安定した
利益をもたらして、国はそれを吸い上げようと言う事に他ならないですね。
(「税金」もそうですし、天下りも・・。)
だから、人気のある機種でも、どんなに丁寧に使っても、
検定が切れると、新しい機械を入れないと駄目!
昔の「参勤交代制度」みたいなものですね。
(パッキーカードも似たようなものですね)
パチンコで身を滅ぼした人と、競輪競馬競艇で、身を滅ぼした人は
圧倒的に後者の方が多いと思いますが、国は放置です、、
それは、安定して(誤魔化さずに)国に「入って」来るからですね。
意味不明になるので、結論です。
肝要なのは。
企業側の「心」のおき場所と。
ユーザーの「心」のどの部分に訴えるかだと思います。
現在のパチンコ業界が、企業は「心」を何処に置き。
ユーザーは、何を求めているのかだと思います。
この両者の、力関係は、互角だと思います。
但し、企業がイニシアチブを取れば、早い時期に結果が出て、
ユーザーがイニシアチブを、取るならば時間は掛かるでしょう。
これは、起業家に取って、「ベンチャー」な魅力にあふれる、
「ヒント」なのでしょうね。
かなりの、中略でしたので、理解しにくい部分も多々あるでしょうが、
私の「戯言」と御笑読くだされば、幸いかと思います。
『応援お願いします!!』

我社としては、珍しく?仕事が、バタバタしてますので、
中略して、結論も飛ばして、、問題提起のみで、閉めようと思います。
〜〜〜世の中というものは、瞬間は便利な「機械」が支配する、
機械が支配すると、企業側としても、安定供給、ローコスト、、等
メリットは沢山有ります、
例え話をいくつかしましょう。
1年ほど前にトヨタ自動車が、日本国内に「レクサス」と言う、
販売チャンネルを、全国的に出店しました、その出店に対して、
どのような点に、マスメディアは注目していたのでしょう。
『接客サービス』に対してだったのは、皆さんご存知ですよね!
一流のホテルから、指導者を招き、社員教育をする。
私は車好きですが、現段階で「レクサス」を、購入する意味は、そんなにありません、
しかし、販売店の「気持ち良さ」だけで、買う価値は、変化しますね。
それに相反して、「ホンダ」はどうでしょうか?
販売店は月並みでしょう、しかしホンダの場合は、
「開発費」に掛ける資金は、売り上げ対比で見ると、トヨタと比べても、桁が違います。
それは、開発に携わる人も、周知の事実でしょう。
ホンダの開発人は、「誇り」を持って、取り組んでいる事でしょうね。
トヨタの開発人が誇りを持っていないと言ってる訳ではないのですよ。
「誇り」の質が違うと言ってるんです。
(トヨタも、ホンダに習い、昨今は力を入れてますから、これからのトヨタは楽しみですね、
世界の車産業の中では「脅威」でしょうが。)
次に「回転寿司」
何年前か良く知りませんが、、世に回転寿司なる者が登場した時、
世の寿司屋さんは、「全くの別物」と言う感覚、目線で見ていたと思います、
一皿100円と言う、分かりやすい会計システム、、
(長くなるから、結論です)
機械がシャリを握り、学生アルバイトがネタを付け足して、握る、、時代から。
今の回転寿司屋さんでは、熟練の職人を入れ、初期の頃の流れとは全く違っていますね。
もう一つ、「教育産業」
通信教育と言う、「画期的なシステム」が現れ、
それが、小中学生の教育まで降りてきて、有る企業は、巨大化しました。
大人なら、「自分の意思」でやり続ける事も可能でしょうが、
まだまだ、子供には難しいでしょう、それに対応する為に、「添削」を付け「電話相談」
「FAX学習」を付け、最近は「テレビ電話」まで付けてる所もあるみたいです。
しかし、それでは、「心」の部分が全く無いのですね。
サービス(ビジネス)提供する側も、受ける側も。
耐震偽造問題、これも然りですね。
昔の「大工仕事」の時代なら、「心」の仕事を大工さんはしますから、
「手抜き」=「自分への冒涜、お客さんへの裏切り」となるわけですね。
まずしないでしょう。
大型販売店然りです、一時期「ダイエー」時代がありました、
全国の小売店主は戦々恐々、、「嵐」に巻き込まれ、廃業したお店も多いでしょう。
しかし、所詮は「心」無き、従業員、「期待」無き、お客。
(ダイエーの包装紙で贈り物が出来なかった時代が象徴してますね)
その中で百貨店は生き残っていますね(辛うじて)その理由は簡単です。
「外商部」と言う、百貨店の売り上げの大きな柱があるからです。
外商部=心の繋がりですね。
斜陽の一途・・と言う地方百貨店を見ると、「売り場充実」「建物充実」
「商品充実」などに目が行っている、感じが目に付きますね。
現在のパチンコ業界のことを書きましょう。
何故に?「検定」なるものがあって、「使用期限」を付けられるのでしょうか?
それはこうです。
国が「パチンコ屋を信じていない」と言う事。
だったら、売り上げ、利益、等を誤魔化さない、機械メーカーに、安定した
利益をもたらして、国はそれを吸い上げようと言う事に他ならないですね。
(「税金」もそうですし、天下りも・・。)
だから、人気のある機種でも、どんなに丁寧に使っても、
検定が切れると、新しい機械を入れないと駄目!
昔の「参勤交代制度」みたいなものですね。
(パッキーカードも似たようなものですね)
パチンコで身を滅ぼした人と、競輪競馬競艇で、身を滅ぼした人は
圧倒的に後者の方が多いと思いますが、国は放置です、、
それは、安定して(誤魔化さずに)国に「入って」来るからですね。
意味不明になるので、結論です。
肝要なのは。
企業側の「心」のおき場所と。
ユーザーの「心」のどの部分に訴えるかだと思います。
現在のパチンコ業界が、企業は「心」を何処に置き。
ユーザーは、何を求めているのかだと思います。
この両者の、力関係は、互角だと思います。
但し、企業がイニシアチブを取れば、早い時期に結果が出て、
ユーザーがイニシアチブを、取るならば時間は掛かるでしょう。
これは、起業家に取って、「ベンチャー」な魅力にあふれる、
「ヒント」なのでしょうね。
かなりの、中略でしたので、理解しにくい部分も多々あるでしょうが、
私の「戯言」と御笑読くだされば、幸いかと思います。
『応援お願いします!!』

私のプロフに「コンサルタント」と書いてありますけど、、
本日は、より「らしい」記事を書いてみたいと思います。
(一部の人には楽しいでしょうし、一部の人には・・・・でしょうね)
私は、「パチンコ」大好き人間です(皆さんご存知ですよね)
20歳半ばから、支店開設と言う、職に就いてから、
約20年間全国の支店を作りに計30支店ぐらいは関係してきました、
知らない街に、一人で出掛けて行って、一から立ち上げる、
知人も友人もいない、私の唯一の楽しみは「パチンコ」「麻雀」でしたね〜
その中で、麻雀は時間的にルーズになりやすいので、もっぱらパチンコで、
自分の疲れ、悩み、人恋しさを癒してました。
パチンコがなければ、今の私は存在しないでしょうね。
それぐらい好きなパチンコ業界について今日は書きたいと思います。
(コンサルタントとしての目線です)
第一部 30年前の業界。
その頃私は、18歳(歳がばれたーーー爆)
パチンコ屋でアルバイトしてました、(単純に好きだったからです)
当時のパチンコ屋の経営的内情は、
2000円負ける人、4000円勝つ人、それが対象でした。
サラリーマン、学生、主婦、おじいちゃん、おばぁちゃん、客層はそんな感じでしょう。
店側としては、毎日楽しく遊んでくれて、「お金」を落としてくれれば良い、
この程度の経営感覚で、十分に「利益」を上げれる業界だったと思います。
経営陣の考え方が、私みたいな素人にも分かる業界でしたね。
アルバイト時代の話をしましょう。
常連客の、最近の勝ち負けは、従業員として、絶対に知っておかなければいけない
「職業上の知識」でしたね、マネージャー、店長、主任クラスは
全員知ってましたね。
アルバイトに入り、仕事を覚え(主な仕事は、「玉詰まり」の対処ですが)
ある日、ランプが点き、ダッシュでその台に行き、ガラスを開け
サービスの規定どうりの「3玉」を入賞口に入れ、扉を閉めようとした時に
横から、手が出て来て、「最近調子悪そうだね〜」と言いながら、
ゴッソリ(20玉ぐらい)入賞口に入れるのです、
この主は「店長」でした、唖然とする私を、腕を引いて事務所に連れて行き
「負けてるお客さんに、サービスするこれは当然だから、
もっと注意してホールを見なければ駄目だよ」
そう言ってくれました。
それから、その様な気持ちで仕事をしていて、数日後
ランプが点き、ダッシュ、、
いつもの常連さん、最近調子悪い人です。
ニコニコしながら、「頑張ってください!」と言って、10玉ぐらいのサービスをしました。
すると、横で遊んでるサラリーマン風の(たまに見た事有るお客さんです)お客さんが、
(多少お酒を飲んでるみたいでした)
「おい!ワシの時とサービス違うやん!」と言ってきました、、
私は・・・しどろもどろ、、そこに店長が来て、
「当店のサービスに、異論があるなら、帰ってもらって結構ですけど、、」
お客「なにーーーー」(怒っています)
店長「これ以上暴言吐くなら、事務所に行きましょうか。」
お客「・・・」我に返って、「いやぁー今日は酔ってるな〜悪かったね店長。
これで終わりました、、その当時のぱち屋の経営バックは、怖い企業が
全面的に表に出てる時代でしたから、、
当然店内で、騒ぐようなアホは酔っ払ったサラリーマンぐらいでしたね
(一言言えば、すぐ酔いは醒めてましたが・・爆
当然、若者が、店内で肩振って歩くような事は皆無でした。
パチンコ屋=安心して遊べる場所。
第二部 業界変革の時代
それから時代は約10年流れて、
その間に、大量獲得機「フィーバー」が現れる事と。
暴○団に対する、「世の中の」「誤った認知」で。
(暴○団=危険など、、彼らが有る意味「治安維持」してた事が分からない
人たちも世の中には多いのでしょうね!)
パチンコ屋を取り囲む政治的、経済界的、、勿論エンドユーザーの意識も、
大きく変化します。
政治的には、「建築」「製造」etcの斜陽、、に相反して「食える業界」になり。
経済界的には、単純に「利益の上がる業界」その頃から、異業種からの参入も増えてきました。
エンドユーザーは、余暇の趣味、遊び的意識から、「儲かる」場所。「博打」・・・
へと、それぞれ変化して行きます。
それぞれの変化自体が悪いとは思っていません。
バランスの問題です。
政治的には、規制をかければ済むと思い。
経済的には、利益が上がれば良いと思い。
ユーザー的には、勝てれば良いと思う。
はっきり言って、ビジネスとか人間とか言うものって、そんなに単純でしょうか?
約20年前、従業員を若い学生のアルバイトで固めた企業が現れます。
当然ホールは華やかになります、、イメージ的には、より「安心して遊べる店」そう感じたでしょう。
(私は当時そうは感じませんでしたが)
その結果、業界の売り上げアップ、に繋がっていくのは、皆さんご存知ですよね!
しかし、その20年後の現在、、私はコンサルタント業の端くれとして、
この隆盛は、時代に反してると思っています。
時代の中で、、、
喫茶店が、増え「食べ物産業は良いぞーーー」と猫も杓子も、開業して、今はどうでしょうか?
コンビニエンスストアー、あなたの街で、どれだけの店が廃業していますか?
これも同じ理由だと思います。
長くなりそうなので、続く・・・にします。
『応援お願いします!!』

本日は、より「らしい」記事を書いてみたいと思います。
(一部の人には楽しいでしょうし、一部の人には・・・・でしょうね)
私は、「パチンコ」大好き人間です(皆さんご存知ですよね)
20歳半ばから、支店開設と言う、職に就いてから、
約20年間全国の支店を作りに計30支店ぐらいは関係してきました、
知らない街に、一人で出掛けて行って、一から立ち上げる、
知人も友人もいない、私の唯一の楽しみは「パチンコ」「麻雀」でしたね〜
その中で、麻雀は時間的にルーズになりやすいので、もっぱらパチンコで、
自分の疲れ、悩み、人恋しさを癒してました。
パチンコがなければ、今の私は存在しないでしょうね。
それぐらい好きなパチンコ業界について今日は書きたいと思います。
(コンサルタントとしての目線です)
第一部 30年前の業界。
その頃私は、18歳(歳がばれたーーー爆)
パチンコ屋でアルバイトしてました、(単純に好きだったからです)
当時のパチンコ屋の経営的内情は、
2000円負ける人、4000円勝つ人、それが対象でした。
サラリーマン、学生、主婦、おじいちゃん、おばぁちゃん、客層はそんな感じでしょう。
店側としては、毎日楽しく遊んでくれて、「お金」を落としてくれれば良い、
この程度の経営感覚で、十分に「利益」を上げれる業界だったと思います。
経営陣の考え方が、私みたいな素人にも分かる業界でしたね。
アルバイト時代の話をしましょう。
常連客の、最近の勝ち負けは、従業員として、絶対に知っておかなければいけない
「職業上の知識」でしたね、マネージャー、店長、主任クラスは
全員知ってましたね。
アルバイトに入り、仕事を覚え(主な仕事は、「玉詰まり」の対処ですが)
ある日、ランプが点き、ダッシュでその台に行き、ガラスを開け
サービスの規定どうりの「3玉」を入賞口に入れ、扉を閉めようとした時に
横から、手が出て来て、「最近調子悪そうだね〜」と言いながら、
ゴッソリ(20玉ぐらい)入賞口に入れるのです、
この主は「店長」でした、唖然とする私を、腕を引いて事務所に連れて行き
「負けてるお客さんに、サービスするこれは当然だから、
もっと注意してホールを見なければ駄目だよ」
そう言ってくれました。
それから、その様な気持ちで仕事をしていて、数日後
ランプが点き、ダッシュ、、
いつもの常連さん、最近調子悪い人です。
ニコニコしながら、「頑張ってください!」と言って、10玉ぐらいのサービスをしました。
すると、横で遊んでるサラリーマン風の(たまに見た事有るお客さんです)お客さんが、
(多少お酒を飲んでるみたいでした)
「おい!ワシの時とサービス違うやん!」と言ってきました、、
私は・・・しどろもどろ、、そこに店長が来て、
「当店のサービスに、異論があるなら、帰ってもらって結構ですけど、、」
お客「なにーーーー」(怒っています)
店長「これ以上暴言吐くなら、事務所に行きましょうか。」
お客「・・・」我に返って、「いやぁー今日は酔ってるな〜悪かったね店長。
これで終わりました、、その当時のぱち屋の経営バックは、怖い企業が
全面的に表に出てる時代でしたから、、
当然店内で、騒ぐようなアホは酔っ払ったサラリーマンぐらいでしたね
(一言言えば、すぐ酔いは醒めてましたが・・爆
当然、若者が、店内で肩振って歩くような事は皆無でした。
パチンコ屋=安心して遊べる場所。
第二部 業界変革の時代
それから時代は約10年流れて、
その間に、大量獲得機「フィーバー」が現れる事と。
暴○団に対する、「世の中の」「誤った認知」で。
(暴○団=危険など、、彼らが有る意味「治安維持」してた事が分からない
人たちも世の中には多いのでしょうね!)
パチンコ屋を取り囲む政治的、経済界的、、勿論エンドユーザーの意識も、
大きく変化します。
政治的には、「建築」「製造」etcの斜陽、、に相反して「食える業界」になり。
経済界的には、単純に「利益の上がる業界」その頃から、異業種からの参入も増えてきました。
エンドユーザーは、余暇の趣味、遊び的意識から、「儲かる」場所。「博打」・・・
へと、それぞれ変化して行きます。
それぞれの変化自体が悪いとは思っていません。
バランスの問題です。
政治的には、規制をかければ済むと思い。
経済的には、利益が上がれば良いと思い。
ユーザー的には、勝てれば良いと思う。
はっきり言って、ビジネスとか人間とか言うものって、そんなに単純でしょうか?
約20年前、従業員を若い学生のアルバイトで固めた企業が現れます。
当然ホールは華やかになります、、イメージ的には、より「安心して遊べる店」そう感じたでしょう。
(私は当時そうは感じませんでしたが)
その結果、業界の売り上げアップ、に繋がっていくのは、皆さんご存知ですよね!
しかし、その20年後の現在、、私はコンサルタント業の端くれとして、
この隆盛は、時代に反してると思っています。
時代の中で、、、
喫茶店が、増え「食べ物産業は良いぞーーー」と猫も杓子も、開業して、今はどうでしょうか?
コンビニエンスストアー、あなたの街で、どれだけの店が廃業していますか?
これも同じ理由だと思います。
長くなりそうなので、続く・・・にします。
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コミュニケーション。
何を連想しますか?
今回は、「コミュニケーション」について、書いていきたいと思います。
内容は、私が「中間管理職研修」で、行う内容に近いもので書いてみたいと思います。
部下との信頼関係を得る、下準備として、「コミュニケーション」は必要不可欠です。
コミュニケーションには、大きく分けて二通りあります。
1=インフォーマル・コミュニケーション。
2=フォーマル・コミュニケーション。
1=インフォーマル・コミュニケーション、とは。
インフォーマル・・略式(普段)の コミュニケーション・・思考の伝達
と言う事ですね、、「普段の思考の伝達」・・と言う事はどんな事でしょうか?
分かりやすく書きましよう、要は
「気楽に話し合い、自らの思考を分かってもらい、相手の思考を理解する」です
例えば、お酒お飲みながら、とか食事をしながらとか、公園のベンチに腰掛けて、、、etc、、
まぁーごくごく普通の会社でも、通常的に行われてる事でしょうね。
これは、コミュニケーションを、図る方法手段としては、凄く有効的手段です。
職場を離れて、お酒でも入れば、人の心の入り口は、開かれやすくなるから。
職場だけで、リーダーとしての、信頼を部下から得れない人は、
絶対に、やらなければいけない「職務」だと思います。
2=フォーマル・コミュニケーション、とは=公式の思考の伝達。
単純明快、、分かりやすく言うと、朝礼、会議の席上での発表、などがそれですね。
この席上で、発言する機会の多い、リーダーの人は、発言方法だとか、内容だとかが、
絶えず「見られてる」ことは言うまでも無いです。
とここまでは、誰でもが知っている事ですね。
でも、この両者間には共通の「留意」点があるのです。
それは何かと言うと
「インフォーマルで話した事を、フォーマルでも話せないと駄目だ!」
と言う事です。
お酒を飲んで、、、「ここだけの話だけど・・・・」と
本当に「ここだけの話」を話し出す、クルクルパーの中間管理職者、
いますよね〜〜このようなアホ(爆)
ただの、酒の席での、暴露話、、こんな下賤な、話をする為に、
さも、仕事のように
「○○君今日仕事終わったら、少し付き合ってくれないか?」
多いんですよねーー馬鹿管理職者!!
とどめに、「これ絶対会社では内緒ね」・・・アホ・・
これで、コミュニケーションが取れた!!勘違い馬鹿!
人の上に立つ者は、何処にいても、「おおやけ人(公人)」で無ければいけません。
ですから、インフォーマルで話した事といえ、それは既に、
フォーマルでの、話になるのです。
では、フォーマルでの話はどうでしょうか?
社内会議の席上での話。。。。
この、会議の話は、社外に対しては「インフォーマル」になりますから、
社外に対しては内緒ね!というレベルの会議をしてる企業は、
どうしようもない、「腐れ企業」という事になるでしょうね!
「お客には秘密ね」・・・・アホ
私は自身主催の会議、勉強会、研修などは殆ど、全ての内容を録音させてました、
いついかなる場合でも、誰にでも「聞かれても」恥ずかしくない話、内容を、心掛ける為です。
分かりやすく言うと、
「絶えず、正義と言うものを、意識した発言、行動」を
「ビジネスの上では」取らないといけない! そう言いたいのです。
(あくまでも、ビジネス上での話です、私生活は人それぞれですから)
最後に、社内での「ひそひそ話」これも一緒、「大声」ではなせない事なら、
話さない!仕事に関係ない話なら、今はしない!これは常識でしょう!
これすら、日常的に行われてる会社に、「良い会社」は無いですね!
少なくとも私は見た事はないです。
皆さんも、気をつけましょうね!
『応援お願いします!!』

何を連想しますか?
今回は、「コミュニケーション」について、書いていきたいと思います。
内容は、私が「中間管理職研修」で、行う内容に近いもので書いてみたいと思います。
部下との信頼関係を得る、下準備として、「コミュニケーション」は必要不可欠です。
コミュニケーションには、大きく分けて二通りあります。
1=インフォーマル・コミュニケーション。
2=フォーマル・コミュニケーション。
1=インフォーマル・コミュニケーション、とは。
インフォーマル・・略式(普段)の コミュニケーション・・思考の伝達
と言う事ですね、、「普段の思考の伝達」・・と言う事はどんな事でしょうか?
分かりやすく書きましよう、要は
「気楽に話し合い、自らの思考を分かってもらい、相手の思考を理解する」です
例えば、お酒お飲みながら、とか食事をしながらとか、公園のベンチに腰掛けて、、、etc、、
まぁーごくごく普通の会社でも、通常的に行われてる事でしょうね。
これは、コミュニケーションを、図る方法手段としては、凄く有効的手段です。
職場を離れて、お酒でも入れば、人の心の入り口は、開かれやすくなるから。
職場だけで、リーダーとしての、信頼を部下から得れない人は、
絶対に、やらなければいけない「職務」だと思います。
2=フォーマル・コミュニケーション、とは=公式の思考の伝達。
単純明快、、分かりやすく言うと、朝礼、会議の席上での発表、などがそれですね。
この席上で、発言する機会の多い、リーダーの人は、発言方法だとか、内容だとかが、
絶えず「見られてる」ことは言うまでも無いです。
とここまでは、誰でもが知っている事ですね。
でも、この両者間には共通の「留意」点があるのです。
それは何かと言うと
「インフォーマルで話した事を、フォーマルでも話せないと駄目だ!」
と言う事です。
お酒を飲んで、、、「ここだけの話だけど・・・・」と
本当に「ここだけの話」を話し出す、クルクルパーの中間管理職者、
いますよね〜〜このようなアホ(爆)
ただの、酒の席での、暴露話、、こんな下賤な、話をする為に、
さも、仕事のように
「○○君今日仕事終わったら、少し付き合ってくれないか?」
多いんですよねーー馬鹿管理職者!!
とどめに、「これ絶対会社では内緒ね」・・・アホ・・
これで、コミュニケーションが取れた!!勘違い馬鹿!
人の上に立つ者は、何処にいても、「おおやけ人(公人)」で無ければいけません。
ですから、インフォーマルで話した事といえ、それは既に、
フォーマルでの、話になるのです。
では、フォーマルでの話はどうでしょうか?
社内会議の席上での話。。。。
この、会議の話は、社外に対しては「インフォーマル」になりますから、
社外に対しては内緒ね!というレベルの会議をしてる企業は、
どうしようもない、「腐れ企業」という事になるでしょうね!
「お客には秘密ね」・・・・アホ
私は自身主催の会議、勉強会、研修などは殆ど、全ての内容を録音させてました、
いついかなる場合でも、誰にでも「聞かれても」恥ずかしくない話、内容を、心掛ける為です。
分かりやすく言うと、
「絶えず、正義と言うものを、意識した発言、行動」を
「ビジネスの上では」取らないといけない! そう言いたいのです。
(あくまでも、ビジネス上での話です、私生活は人それぞれですから)
最後に、社内での「ひそひそ話」これも一緒、「大声」ではなせない事なら、
話さない!仕事に関係ない話なら、今はしない!これは常識でしょう!
これすら、日常的に行われてる会社に、「良い会社」は無いですね!
少なくとも私は見た事はないです。
皆さんも、気をつけましょうね!
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山内一豊
最近は「巧名が辻」と言う「大河ドラマ」やってる最中ですね。
毎回見ている方も多いと思いますが。
残念な事に私は見ていません。
今回は、山内一豊の話を書きたいと思います・
(史実、ドラマの内容とは一部違う部分があるでしょうが、あくまでも、
私の受け取り方と言う事で、笑読して下さるようにお願いします。)
一豊(そう書かせてもらいます)は、元々はあまり地位の高い武士ではありませんでした、
ただ、馬術と武術(剣術、弓術・・)にたいそう優れた人であったみたいです。
あるとき、信長主催の「馬比べ」(武術大会)が開催されます。
一豊は参加する事にしました。
一豊参加を聞いた、一豊の妻は、自分の夫に嫁入りの時の持参金で、
一頭の駿馬を買い与えて、参加させます、周りからは、
「そこまでして、取り入られたいのか?」などと、誹謗中傷を受けますが、、、
その大会で、馬好きの信長の目に留まり、秀吉のチームに一豊は入る事になり、
以後、、姉川の戦いを皮切りに、功績を挙げ、
信長亡き後、秀吉により「掛川城主」を任命されるに至ります。
その後秀吉が没し、、関が原の戦いになる訳ですが、、
そのときに一豊は自分の家臣に向かってこう言います。
「私は、一つの国は取れないが、一つの国を取る者に仕えれば一つの藩ぐらいは取れる」
こう言って、本来ならば、石田光成側に従軍するべき所を、
徳川家康側に、従軍します。
これに対しても、さまざまな誹謗中傷を受けるのですが。
そのときの功績により、徳川幕府より、
「土佐藩」藩主を任命されるのです。
この一豊の、時代の流れを「敏感」に感じ取る才能は、ずば抜けていたと思います。
時代に乗る為には、誹謗中傷に動じない姿勢は、
経営者のみならず全てのリーダーに大切な能力だと私は思います。
その後、時代は流れて、、江戸時代末期。
「大政奉還」の時代、、
土佐藩は何代目か忘れましたが「山内容堂」になってます。
水面下で、進む薩長の動き、、
それを感じた容堂は、脱藩藩士、坂本竜馬に会見を申し入れます。
会見場所は、長崎の「花月」、そこで容堂の名代である、
後藤象二郎(過去に竜馬とはお互いかなりの遺恨がある関係です)が、
竜馬に頭を下げて、「薩長」関係に加わるのです。
(その3藩に肥前が加わり、薩長土肥となり、維新軍の中核が出来ます)
ここでも、維新軍に加わった土佐藩は、他藩の誹謗中傷を受けるのです。
近代日本の歴史の中でも、重要な「時」に、
山内一豊のDNA(血筋)が、感じられますね。
「私は、一つの国は取れないが、一つの国を取る者に仕えれば一つの藩ぐらいは取れる」
私は、この山内一豊の考え方が大好きです。
信念に基づくのなら、人の誹謗中傷に負けない強い心。
私も、常々このように有りたいと思っています。
大河ドラマ「功名が辻」の感想は、私のお気に入りブログの
「Chronos moon」さんが 毎回写真入でとても詳しく書いておりますので、是非ご覧下さい!お勧めです!
『応援お願いします!!』

本日は、仕事の為戻りませんので、コメントのお返しはできません。
明日、帰り次第お返事致しますので、どうぞよろしくお願いします!
最近は「巧名が辻」と言う「大河ドラマ」やってる最中ですね。
毎回見ている方も多いと思いますが。
残念な事に私は見ていません。
今回は、山内一豊の話を書きたいと思います・
(史実、ドラマの内容とは一部違う部分があるでしょうが、あくまでも、
私の受け取り方と言う事で、笑読して下さるようにお願いします。)
一豊(そう書かせてもらいます)は、元々はあまり地位の高い武士ではありませんでした、
ただ、馬術と武術(剣術、弓術・・)にたいそう優れた人であったみたいです。
あるとき、信長主催の「馬比べ」(武術大会)が開催されます。
一豊は参加する事にしました。
一豊参加を聞いた、一豊の妻は、自分の夫に嫁入りの時の持参金で、
一頭の駿馬を買い与えて、参加させます、周りからは、
「そこまでして、取り入られたいのか?」などと、誹謗中傷を受けますが、、、
その大会で、馬好きの信長の目に留まり、秀吉のチームに一豊は入る事になり、
以後、、姉川の戦いを皮切りに、功績を挙げ、
信長亡き後、秀吉により「掛川城主」を任命されるに至ります。
その後秀吉が没し、、関が原の戦いになる訳ですが、、
そのときに一豊は自分の家臣に向かってこう言います。
「私は、一つの国は取れないが、一つの国を取る者に仕えれば一つの藩ぐらいは取れる」
こう言って、本来ならば、石田光成側に従軍するべき所を、
徳川家康側に、従軍します。
これに対しても、さまざまな誹謗中傷を受けるのですが。
そのときの功績により、徳川幕府より、
「土佐藩」藩主を任命されるのです。
この一豊の、時代の流れを「敏感」に感じ取る才能は、ずば抜けていたと思います。
時代に乗る為には、誹謗中傷に動じない姿勢は、
経営者のみならず全てのリーダーに大切な能力だと私は思います。
その後、時代は流れて、、江戸時代末期。
「大政奉還」の時代、、
土佐藩は何代目か忘れましたが「山内容堂」になってます。
水面下で、進む薩長の動き、、
それを感じた容堂は、脱藩藩士、坂本竜馬に会見を申し入れます。
会見場所は、長崎の「花月」、そこで容堂の名代である、
後藤象二郎(過去に竜馬とはお互いかなりの遺恨がある関係です)が、
竜馬に頭を下げて、「薩長」関係に加わるのです。
(その3藩に肥前が加わり、薩長土肥となり、維新軍の中核が出来ます)
ここでも、維新軍に加わった土佐藩は、他藩の誹謗中傷を受けるのです。
近代日本の歴史の中でも、重要な「時」に、
山内一豊のDNA(血筋)が、感じられますね。
「私は、一つの国は取れないが、一つの国を取る者に仕えれば一つの藩ぐらいは取れる」
私は、この山内一豊の考え方が大好きです。
信念に基づくのなら、人の誹謗中傷に負けない強い心。
私も、常々このように有りたいと思っています。
大河ドラマ「功名が辻」の感想は、私のお気に入りブログの
「Chronos moon」さんが 毎回写真入でとても詳しく書いておりますので、是非ご覧下さい!お勧めです!
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本日は、仕事の為戻りませんので、コメントのお返しはできません。
明日、帰り次第お返事致しますので、どうぞよろしくお願いします!
ここ二日ほど、アップできずにすみませんでした。
おかげさまで元気になりました!
本日は私事に終始したいと思います。
私の会社の社員は殆どの方が、ご存知だと思います。
全員私が最後の役員をしていた時代の社員です。
私は45歳で完全リタイアをして、海外永住を「企んで」いました。
予定通りに、44歳で、辞めました、
辞める時に、以前の会社の各支店を独立採算制にして、
各支店長を社長にして、元々の会社は、別事業を軌道に乗せて、
(勿論私一人の力ではないですがね)
リタイア・・・のつもりが・・
独立した各新社長たちが、上手く出来るほど世の中甘くありません!
結局手伝う事に、、で、、「コンサルタント会社」を私は設立しました。
(他の企業からも、嬉しい事にオファーもありましたから)
それから、3年後、、悲しいかな、、新社長たちは、全滅!!爆
その時に私にとっては、不幸な事に(笑)「金魚の糞」の如く、残ったのが今の社員たちです。
じゃぁーなにかするか?と言って、
「とにかく、いつでも最低ご飯ぐらい食べれるようにしようよ」
と言う事で、たまたま知り合いの、麻雀屋が、「買ってくれんか?」と言うので、
その店を買い取り、、、(この店は今、二人の可愛い「奴ら」に任せてます,いずれ、ブログデビューさせますね。笑)
それから、「新しい会社を作ろう!」と言う事で、
新しい会社を作りました、、
まだまだ、全然ですが、いつもこう言っています。
「将来どうなるか分からないけど、豊かにもなれないかも知れないけど
いつまでも、仲間でいよう、一人で貧しいのは辛いけど、
皆と一緒なら楽しいような気がしないか?」
「くだらない、嘘や、見栄は、やめよう、ありのまま生きて、
社会に認められたら、そのときは多分豊かになってるさ!」
「遊びたい時は遊べば良い、昼間にパチンコ行きたければ行けば良い
その分、夜寝ずに仕事するだけだから」
「我々は自由人なんだから、我々で責任取らないといけない」
「能力の無い我々は、誰かに助けてもらわないと生きていけないのだから、
人とのつながりは大切にしなさい」
「いつも明るくいなさい、楽しみなさい」
「お互い好きなことを言えば良い、ただし、絶対に『すねる』な!!」
「人を尊重しなさい、人の生き方を尊重しなさい」
「自分だけ良ければ良い、そんな奴は死ね」
「努力しない人は、駄目だよ」
「何事にも、一生懸命になりなさい」
「会社の経営状態は全てガラス張りだから、今何が大切か各々が感じて」
・・・・・等等・・・
いつも、お説教ですよ!!爆
でも! 自由に生きて行けたら、幸せだと思っていますから。
と言うより、確実な未来など私では到底提供出来ないですから。
最近嬉しい事がありました、
ある地方自治体が我々の会社に協力していただきました、
ありがたいですね〜〜〜
まぁ〜これからも、馬鹿ほど遊んで、アホほど仕事しますから、
「楽しく生きる」これがモットーです。
皆様これからも、よろしくお願いします!
『応援お願いします!!』

おかげさまで元気になりました!
本日は私事に終始したいと思います。
私の会社の社員は殆どの方が、ご存知だと思います。
全員私が最後の役員をしていた時代の社員です。
私は45歳で完全リタイアをして、海外永住を「企んで」いました。
予定通りに、44歳で、辞めました、
辞める時に、以前の会社の各支店を独立採算制にして、
各支店長を社長にして、元々の会社は、別事業を軌道に乗せて、
(勿論私一人の力ではないですがね)
リタイア・・・のつもりが・・
独立した各新社長たちが、上手く出来るほど世の中甘くありません!
結局手伝う事に、、で、、「コンサルタント会社」を私は設立しました。
(他の企業からも、嬉しい事にオファーもありましたから)
それから、3年後、、悲しいかな、、新社長たちは、全滅!!爆
その時に私にとっては、不幸な事に(笑)「金魚の糞」の如く、残ったのが今の社員たちです。
じゃぁーなにかするか?と言って、
「とにかく、いつでも最低ご飯ぐらい食べれるようにしようよ」
と言う事で、たまたま知り合いの、麻雀屋が、「買ってくれんか?」と言うので、
その店を買い取り、、、(この店は今、二人の可愛い「奴ら」に任せてます,いずれ、ブログデビューさせますね。笑)
それから、「新しい会社を作ろう!」と言う事で、
新しい会社を作りました、、
まだまだ、全然ですが、いつもこう言っています。
「将来どうなるか分からないけど、豊かにもなれないかも知れないけど
いつまでも、仲間でいよう、一人で貧しいのは辛いけど、
皆と一緒なら楽しいような気がしないか?」
「くだらない、嘘や、見栄は、やめよう、ありのまま生きて、
社会に認められたら、そのときは多分豊かになってるさ!」
「遊びたい時は遊べば良い、昼間にパチンコ行きたければ行けば良い
その分、夜寝ずに仕事するだけだから」
「我々は自由人なんだから、我々で責任取らないといけない」
「能力の無い我々は、誰かに助けてもらわないと生きていけないのだから、
人とのつながりは大切にしなさい」
「いつも明るくいなさい、楽しみなさい」
「お互い好きなことを言えば良い、ただし、絶対に『すねる』な!!」
「人を尊重しなさい、人の生き方を尊重しなさい」
「自分だけ良ければ良い、そんな奴は死ね」
「努力しない人は、駄目だよ」
「何事にも、一生懸命になりなさい」
「会社の経営状態は全てガラス張りだから、今何が大切か各々が感じて」
・・・・・等等・・・
いつも、お説教ですよ!!爆
でも! 自由に生きて行けたら、幸せだと思っていますから。
と言うより、確実な未来など私では到底提供出来ないですから。
最近嬉しい事がありました、
ある地方自治体が我々の会社に協力していただきました、
ありがたいですね〜〜〜
まぁ〜これからも、馬鹿ほど遊んで、アホほど仕事しますから、
「楽しく生きる」これがモットーです。
皆様これからも、よろしくお願いします!
『応援お願いします!!』

予定外のアップをします。
ただ今Am4:10
週明けのプレゼンの打ち合わせの為に本日も徹夜、、
(昼間遊んで夜徹夜、、爆)
私は、打ち合わせを聞きながら、ブログ「鑑賞」w
そこで、熱くなる記事を発見しましたので、皆様にも紹介いたしたくて、
急遽アップする事にしました。
最近の世の中で良く聞く「ニート」と言う言葉。
世間の人たちはどの様に理解してるのでしょうか?
理解の仕方は、年代によりさまざまでしょうね!
私は、「ニート」に対しては、大賛成です!
自分の好きな事の中から、未来を見つければ良い!
勿論、「ニート」にしても、無職にしても「遊び人」にしても、
同じです!
私は職業と言う意識が芽生えたのは、中学生でした、
真面目で?純粋な??(多少の嘘は許してください)
私は、職業と言うものを「周りの大人」から教えられました、
中学1年生の頃、、世は建築ブーム、親は
「これからは建築設計士が良い仕事だから」
私に、勧めた、、
中学3年生の頃、、親は
「建築より、工業エンジニアの方がもっと将来性があるから、そっちはどうだ?」と勧めた。
高校3年生の頃、、バイオテクノロジーが、盛んに言われてた頃、
当然親は勧めた、、
中学の頃ひいじいちゃんと一緒にいて、「男は船乗りだぞ!」
そう言われた時に、母親が「おじいちゃん『時代が違うんだから』」
そう言ったことを私は覚えてる!
もしも、、中一の頃に社会人になっていたら、、設計技師、、
もしも、、中三の頃なら、、、、、、、、、、、工業エンジニア、、
もしも、、高三、、、、、、、、、、、、、、、バイオテクノロジー・エンジニア
どれが正しいの?母親が言っていた「時代が違う」は、
今の私が、正に感じてるんですけど・・・
あの時、もしも母親にリードされてたら、、私は時代遅れの仕事してる事になるの?
いやぁー親の言う事を聞かない子でよかったですわ!!爆
正直に今の昭和30年代から50年代までに親になった人たちの
どれだけの人が今の時代を有る程度で良いから「予見」出来たのでしょうか?
一割?5%?それ以下?・・
正しい将来の価値観って何でしょうか?将来性って何でしょうか?
そんなことを、正確に言える人が今この世にいるのならば、
この世から「ニート」は瞬間に消滅するでしょう!
でも、間違いなく言えてる事は、
現在20代の(ニートの人たちを含む)世代が、10年後20年後には
間違いなく社会の中心になると言う事です。
そうなった、世の中を嘆く、親世代、、
そうなった、世の中を不安に思う、親世代、、
「あなたがたの、未来を思う感覚がすでに狂ってる」と言う事に気が付いて欲しい!
人類と言うものは、あらゆる困難に立ち向かい克服してきたのです。
親世代とは、違った「戦い」を、現在の20代世代は必ず戦いそして
『必ず勝ち抜くのです』
親世代がそうであったように、、戦後世代がそうであったように、
明治維新世代がそうであったように、、原始人がそうであったように。
だからと言って、私は、「ニート」の人達を、全く問題無しで、
無条件に認めてる気持ちはさらさら有りません!
「肝要」なのは、人との繋がりです!
時代と言うものは、人間の進歩と言うものは、人との繋がりで、
前に進んできました。
勿論戦争と言う超極論的な、人との繋がりの断絶と言う時代があったのも事実だし、
それは現在もあるのでしょう。しかしそれでは、時代は前に進めないのです。
結果的に人類の困難に向かう強さが、プラスにする事はあっても、
人との繋がりの断絶は、マイナスでしかないのです!
私は、現代社会に生きいて、、
未来世代でも現在世代でもない「中途半端」な世代だと思っています。
その中で、「未来は自らの手で」そう思っています。(キザですかね)
今日、深夜の3時半過ぎです。
私を「嬉しく」させて「熱くさせた」『事件』が起きたのは、、
お願いですから、まず下記のブログの最新記事だけでも良いですから
読んできてください!
真性博打生活 〜心に平穏を〜
Got Timer?
どうでしたか?
「楽園さん」「クラさん」 お二人とも、
「輝いて」見えませんでしたか?
でも、、冷静に考えてください!
お二人とも、昭和30年代から50年代までに親になった人たちから見ると、
どのように感じるのでしょうか?
「ただの、世間知らずの、夢ばかり言う遊び人?」に近い感覚ではないでしょうか?
でも! もしも、「ニート」世代の人たちから見た時に、
お二人と、親世代を見た時にどちらに「憧れ」を抱くのでしょうか?
答えは明白だと思います!
でも、先ほどから書いてある、
「人との繋がり」の大切さ!
このお二人の元には、「人」が集まるのです。
自分勝手に生きる事と、
自分らしく生きる事は、根本的に違うのです!
その違いは何か?
それは、自分の周りを見渡してください!
自分の周りに、大袈裟な表現をすれば
『人生を共にする価値のある仲間が何人いるか?』だと思います。
価値なんて何でも良いのです、将来性なんか「糞くらえ」です。
誰にも将来なんか分からないのですから。
パチンコ仲間でも良いし、暴走族仲間でも良いのです。
ただ、、あなたにとって価値ある仲間がいるかいないかです。
その様な仲間が、いつの世も時代を切り開いているのですよ!
皆さんも、「人の繋がりを大切にして欲しいと願います」
勿論、繋がっていない人はいないですから、、と言う事は、
『周りの全ての人との繋がりをを大切にしてください!』と言う事です!
楽園さん、クラさん、お二人には心の底から「エール」を送りたいと思います。
『応援お願いします!!』

只今、ネギさん(男社会で生きる女の叫び)より、
「ニート」に対する、ご指摘を受けまして、私の解釈の間違いだったみたいで、訂正させてもらいます。
ニート=しかし、何も生産せず勉強もせず訓練をしていない人の事を確か”ニート”と言うので
何かに向けて行動している人は”ニート”と呼ぶんでしょうかね?(笑)
(原文のまま貼らせてもらいました)
本来なら、文中の「ニート」の部分の訂正をしなくてはいけないのでしょうが、
今回は「ニート」のままにしておきます。皆様のご理解を宜しくお願いします。
ご指摘下さいました、ネギさんありがとうございました。
ただ今Am4:10
週明けのプレゼンの打ち合わせの為に本日も徹夜、、
(昼間遊んで夜徹夜、、爆)
私は、打ち合わせを聞きながら、ブログ「鑑賞」w
そこで、熱くなる記事を発見しましたので、皆様にも紹介いたしたくて、
急遽アップする事にしました。
最近の世の中で良く聞く「ニート」と言う言葉。
世間の人たちはどの様に理解してるのでしょうか?
理解の仕方は、年代によりさまざまでしょうね!
私は、「ニート」に対しては、大賛成です!
自分の好きな事の中から、未来を見つければ良い!
勿論、「ニート」にしても、無職にしても「遊び人」にしても、
同じです!
私は職業と言う意識が芽生えたのは、中学生でした、
真面目で?純粋な??(多少の嘘は許してください)
私は、職業と言うものを「周りの大人」から教えられました、
中学1年生の頃、、世は建築ブーム、親は
「これからは建築設計士が良い仕事だから」
私に、勧めた、、
中学3年生の頃、、親は
「建築より、工業エンジニアの方がもっと将来性があるから、そっちはどうだ?」と勧めた。
高校3年生の頃、、バイオテクノロジーが、盛んに言われてた頃、
当然親は勧めた、、
中学の頃ひいじいちゃんと一緒にいて、「男は船乗りだぞ!」
そう言われた時に、母親が「おじいちゃん『時代が違うんだから』」
そう言ったことを私は覚えてる!
もしも、、中一の頃に社会人になっていたら、、設計技師、、
もしも、、中三の頃なら、、、、、、、、、、、工業エンジニア、、
もしも、、高三、、、、、、、、、、、、、、、バイオテクノロジー・エンジニア
どれが正しいの?母親が言っていた「時代が違う」は、
今の私が、正に感じてるんですけど・・・
あの時、もしも母親にリードされてたら、、私は時代遅れの仕事してる事になるの?
いやぁー親の言う事を聞かない子でよかったですわ!!爆
正直に今の昭和30年代から50年代までに親になった人たちの
どれだけの人が今の時代を有る程度で良いから「予見」出来たのでしょうか?
一割?5%?それ以下?・・
正しい将来の価値観って何でしょうか?将来性って何でしょうか?
そんなことを、正確に言える人が今この世にいるのならば、
この世から「ニート」は瞬間に消滅するでしょう!
でも、間違いなく言えてる事は、
現在20代の(ニートの人たちを含む)世代が、10年後20年後には
間違いなく社会の中心になると言う事です。
そうなった、世の中を嘆く、親世代、、
そうなった、世の中を不安に思う、親世代、、
「あなたがたの、未来を思う感覚がすでに狂ってる」と言う事に気が付いて欲しい!
人類と言うものは、あらゆる困難に立ち向かい克服してきたのです。
親世代とは、違った「戦い」を、現在の20代世代は必ず戦いそして
『必ず勝ち抜くのです』
親世代がそうであったように、、戦後世代がそうであったように、
明治維新世代がそうであったように、、原始人がそうであったように。
だからと言って、私は、「ニート」の人達を、全く問題無しで、
無条件に認めてる気持ちはさらさら有りません!
「肝要」なのは、人との繋がりです!
時代と言うものは、人間の進歩と言うものは、人との繋がりで、
前に進んできました。
勿論戦争と言う超極論的な、人との繋がりの断絶と言う時代があったのも事実だし、
それは現在もあるのでしょう。しかしそれでは、時代は前に進めないのです。
結果的に人類の困難に向かう強さが、プラスにする事はあっても、
人との繋がりの断絶は、マイナスでしかないのです!
私は、現代社会に生きいて、、
未来世代でも現在世代でもない「中途半端」な世代だと思っています。
その中で、「未来は自らの手で」そう思っています。(キザですかね)
今日、深夜の3時半過ぎです。
私を「嬉しく」させて「熱くさせた」『事件』が起きたのは、、
お願いですから、まず下記のブログの最新記事だけでも良いですから
読んできてください!
真性博打生活 〜心に平穏を〜
Got Timer?
どうでしたか?
「楽園さん」「クラさん」 お二人とも、
「輝いて」見えませんでしたか?
でも、、冷静に考えてください!
お二人とも、昭和30年代から50年代までに親になった人たちから見ると、
どのように感じるのでしょうか?
「ただの、世間知らずの、夢ばかり言う遊び人?」に近い感覚ではないでしょうか?
でも! もしも、「ニート」世代の人たちから見た時に、
お二人と、親世代を見た時にどちらに「憧れ」を抱くのでしょうか?
答えは明白だと思います!
でも、先ほどから書いてある、
「人との繋がり」の大切さ!
このお二人の元には、「人」が集まるのです。
自分勝手に生きる事と、
自分らしく生きる事は、根本的に違うのです!
その違いは何か?
それは、自分の周りを見渡してください!
自分の周りに、大袈裟な表現をすれば
『人生を共にする価値のある仲間が何人いるか?』だと思います。
価値なんて何でも良いのです、将来性なんか「糞くらえ」です。
誰にも将来なんか分からないのですから。
パチンコ仲間でも良いし、暴走族仲間でも良いのです。
ただ、、あなたにとって価値ある仲間がいるかいないかです。
その様な仲間が、いつの世も時代を切り開いているのですよ!
皆さんも、「人の繋がりを大切にして欲しいと願います」
勿論、繋がっていない人はいないですから、、と言う事は、
『周りの全ての人との繋がりをを大切にしてください!』と言う事です!
楽園さん、クラさん、お二人には心の底から「エール」を送りたいと思います。
『応援お願いします!!』

只今、ネギさん(男社会で生きる女の叫び)より、
「ニート」に対する、ご指摘を受けまして、私の解釈の間違いだったみたいで、訂正させてもらいます。
ニート=しかし、何も生産せず勉強もせず訓練をしていない人の事を確か”ニート”と言うので
何かに向けて行動している人は”ニート”と呼ぶんでしょうかね?(笑)
(原文のまま貼らせてもらいました)
本来なら、文中の「ニート」の部分の訂正をしなくてはいけないのでしょうが、
今回は「ニート」のままにしておきます。皆様のご理解を宜しくお願いします。
ご指摘下さいました、ネギさんありがとうございました。
「マスターマインド」 聞いた事ありますか?
マスターマインド=直訳すると「取り仕切る」「立案者」みたいな意味があるそうです。
(今調べてもらいました)
私は「マスターマインド」と言うものを、「能力の共有」みたいな感覚で受け取ってます。
分かりやすい表現をすると、
自分は持っていない能力も、周りの人が持っていることにより、
自分もその能力を持っている事と同等の「結果」を享受出来る。
と、こんな感じですかね。
社会人1年生の頃に、この言葉を知った時に、私は、
「自分は、社長にはなれないけど、社長が持っていない「何か」を探せば、出世できる」
(この頃の私は、功名心ばかりが、先行してる時代でした)
そう思いました。
それから、毎日、社長や会社に「無い物」を探す事が、
私の仕事になっていたような気がします、
勿論ちゃんとした職務はやってましたよ。(笑)
それから、かなりの年月か流れて、現在、、
あの頃なれないだろうと思っていた、(恥ずかしながらも)社長になり。
周りを見渡すと。
世は、全ての分野において、「日進月歩」・・・
人の心のベクトルもさまざま・・・
私一人の、持ってる知識なり経験なりでは、知らない事、理解できない事が数多く有ります。
マスターマインドを目指した私が、
マスターマインドを求めている。
私は「万能」ではありません。ですから、仲間が必要です。
自分の、持っていない能力を持って、
且つ同じベクトルで思考が出来る仲間が必要なんですね。
持ってない能力は理解してもらえますよね。
問題は「同じベクトルで思考する」の方です。
同じ方向(結果)を見ながら、違った思考、で到達しようとする。
と言う事です。
良く、聞いたり、見たりする、時代遅れの社長さんなり経営者の中には。
「絶対主義」の方もかなり多いと思います。
人の意見を聞こうともしない、受け入れるなんてとんでもない。
勿論我々の親の時代ならそれで通用したのかもしれません、
ですから、我々の親は、「社長や上司の方の言う事を良く聞きなさい」と教えます。
私も、そう教えられました。
現在、人の言う事を良く聞く事は、別に会社に限った事ではなく、当然の事。
しかし、それが、能力アップに蓋をする元凶となってる人も多いのではないでしょうか?
これは、意見を聞く体質、言う体質、両方に問題が有るのは事実ですが。
一番の問題点は、「知らない事は恥ずかしい」と言う感覚だと思います。
情報過多のこの時代、全ての事を知る事は不可能でしょう。
それどころか、自分の職業に関係する事でも、全てを知る事は、
私には出来ません、、これは私が知識不足なのかも知れませんが。
ですから、私は「マスターマインド」と言うものに、頼ります。
私の不足している能力を補ってもらうのです。
先ほども書きましたが、
知らない事は恥では有りません、と言う事は
「知ってる事も誇りではないのです」 だと思っています。
教える人が、教えられる人より、偉いなどという感覚は間違っていますね!
勿論人生の全てを教えれる方がいたら、「偉い」と思いますがね。
(ここで言う「偉い」は俗語的理解をして下さい、「尊敬」とは違います)
知らなくて当然ですよ、別に恥じる事はありません!
でも、何か知っておいて下さい。
貴方の知識を「欲しがってる人」は必ずいると思います。
少なくとも私は、知識の無い自分が大好きです。
何故なら、私の持っていない知識を持っている人を必要とする自分が好きだから。
「人を必要と感じる自分」 が好きですね!
また・・・意味不明・・・
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マスターマインド=直訳すると「取り仕切る」「立案者」みたいな意味があるそうです。
(今調べてもらいました)
私は「マスターマインド」と言うものを、「能力の共有」みたいな感覚で受け取ってます。
分かりやすい表現をすると、
自分は持っていない能力も、周りの人が持っていることにより、
自分もその能力を持っている事と同等の「結果」を享受出来る。
と、こんな感じですかね。
社会人1年生の頃に、この言葉を知った時に、私は、
「自分は、社長にはなれないけど、社長が持っていない「何か」を探せば、出世できる」
(この頃の私は、功名心ばかりが、先行してる時代でした)
そう思いました。
それから、毎日、社長や会社に「無い物」を探す事が、
私の仕事になっていたような気がします、
勿論ちゃんとした職務はやってましたよ。(笑)
それから、かなりの年月か流れて、現在、、
あの頃なれないだろうと思っていた、(恥ずかしながらも)社長になり。
周りを見渡すと。
世は、全ての分野において、「日進月歩」・・・
人の心のベクトルもさまざま・・・
私一人の、持ってる知識なり経験なりでは、知らない事、理解できない事が数多く有ります。
マスターマインドを目指した私が、
マスターマインドを求めている。
私は「万能」ではありません。ですから、仲間が必要です。
自分の、持っていない能力を持って、
且つ同じベクトルで思考が出来る仲間が必要なんですね。
持ってない能力は理解してもらえますよね。
問題は「同じベクトルで思考する」の方です。
同じ方向(結果)を見ながら、違った思考、で到達しようとする。
と言う事です。
良く、聞いたり、見たりする、時代遅れの社長さんなり経営者の中には。
「絶対主義」の方もかなり多いと思います。
人の意見を聞こうともしない、受け入れるなんてとんでもない。
勿論我々の親の時代ならそれで通用したのかもしれません、
ですから、我々の親は、「社長や上司の方の言う事を良く聞きなさい」と教えます。
私も、そう教えられました。
現在、人の言う事を良く聞く事は、別に会社に限った事ではなく、当然の事。
しかし、それが、能力アップに蓋をする元凶となってる人も多いのではないでしょうか?
これは、意見を聞く体質、言う体質、両方に問題が有るのは事実ですが。
一番の問題点は、「知らない事は恥ずかしい」と言う感覚だと思います。
情報過多のこの時代、全ての事を知る事は不可能でしょう。
それどころか、自分の職業に関係する事でも、全てを知る事は、
私には出来ません、、これは私が知識不足なのかも知れませんが。
ですから、私は「マスターマインド」と言うものに、頼ります。
私の不足している能力を補ってもらうのです。
先ほども書きましたが、
知らない事は恥では有りません、と言う事は
「知ってる事も誇りではないのです」 だと思っています。
教える人が、教えられる人より、偉いなどという感覚は間違っていますね!
勿論人生の全てを教えれる方がいたら、「偉い」と思いますがね。
(ここで言う「偉い」は俗語的理解をして下さい、「尊敬」とは違います)
知らなくて当然ですよ、別に恥じる事はありません!
でも、何か知っておいて下さい。
貴方の知識を「欲しがってる人」は必ずいると思います。
少なくとも私は、知識の無い自分が大好きです。
何故なら、私の持っていない知識を持っている人を必要とする自分が好きだから。
「人を必要と感じる自分」 が好きですね!
また・・・意味不明・・・
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私が学生の頃に(大昔かなーーー笑)
誰の歌か忘れたけど、、
タバコを吸っては、いけないと言われ
サテンに入っては、いけないと言われ
授業をサボって
サテンに入りタバコを吸ったら
こんな気持ちの良いことは無かった、、
愛を知るのは早いと言われ
全ては硬く閉ざせと言われた
人を愛し思いを込めて
全てを捧げたら
こんな気持ちの良いことは無かった
(なんとなく、こんな感じの歌だったような気がします、、)
(多分歌詞滅茶苦茶です・・・)
今朝、起きて、マイワイフが入れてくれた「柚子茶」飲みながら、、
テレビを見てたら、
旧ソビエトの民主化運動の事をやっていました。
それを見てたら、この歌を思い出しました。
(どう繋がるんだろう?私の頭の中の回線はおかしいですね、、笑)
『あれ駄目、これ駄目、それに反発する人が歴史を作ってきた!』
これは、事実だと思います。
人を愛し思いを込めて、、、
偉大な先人賢人は、多分、「人類愛」と言うものに、
全てを捧げたんだろう、
それは、自己犠牲ではなく、自分の達成感だったんだろう。
(馬鹿な経営者の多いこと!!過去記事です読んでくださると嬉しいです。)
んんん・・・
いずれ、「心の持ち方」ってタイトルで記事書こうと思っていますが。
今日は、そのテンションじゃないから、、これで終わります。
意味不明でしたね〜〜(いつもの事か・・爆)
『ちょっと一息』でした。
誰か、記事に出てる「歌」のことを知ってる人がいたら、
教えてください!(年代がばれるかも・・・爆)
今日からしばらくの間、ランキングのカテゴリーを
「ビジネス」から「日記」に移動させてみました。
(深い理由は有りませんが・・笑)
『応援お願いします!!』

ミニュさんに 全部の歌詞教えていただいたので追加します。
(ミニュさんのブログは笑いもありますが、「ほのぼの」とした、心癒されるブログです、
是非一度覗いてみてください!「人畜無害」のブログですよ!!爆)
17才の詩 NSP
勉強しなけりゃ いけないと いわれ
茶店に入っては いけないと いわれ
タバコを 吸っては いけないといわれ
夜は早く 帰れと いわれた
授業 さぼって 茶店に入り
タバコ を吸ったら
こんな 気持ちのいいことはなかった
愛を知るのは 早いといわれ
胸の想いは 捨てろといわれ
語り合っては いけないといわれ
全ては かたく とざせといわれた
人を愛し 想いをこめて
全てを ささげたら
こんな すてきな ことはなかった
うそをついて 悪口いって
きらわれて しまえば
こんな気楽になるなんて知らなかった
私の記憶は、ある意味正確で、ある意味抜け抜け、、
ミニュ サンキュー〜〜
誰の歌か忘れたけど、、
タバコを吸っては、いけないと言われ
サテンに入っては、いけないと言われ
授業をサボって
サテンに入りタバコを吸ったら
こんな気持ちの良いことは無かった、、
愛を知るのは早いと言われ
全ては硬く閉ざせと言われた
人を愛し思いを込めて
全てを捧げたら
こんな気持ちの良いことは無かった
(なんとなく、こんな感じの歌だったような気がします、、)
(多分歌詞滅茶苦茶です・・・)
今朝、起きて、マイワイフが入れてくれた「柚子茶」飲みながら、、
テレビを見てたら、
旧ソビエトの民主化運動の事をやっていました。
それを見てたら、この歌を思い出しました。
(どう繋がるんだろう?私の頭の中の回線はおかしいですね、、笑)
『あれ駄目、これ駄目、それに反発する人が歴史を作ってきた!』
これは、事実だと思います。
人を愛し思いを込めて、、、
偉大な先人賢人は、多分、「人類愛」と言うものに、
全てを捧げたんだろう、
それは、自己犠牲ではなく、自分の達成感だったんだろう。
(馬鹿な経営者の多いこと!!過去記事です読んでくださると嬉しいです。)
んんん・・・
いずれ、「心の持ち方」ってタイトルで記事書こうと思っていますが。
今日は、そのテンションじゃないから、、これで終わります。
意味不明でしたね〜〜(いつもの事か・・爆)
『ちょっと一息』でした。
誰か、記事に出てる「歌」のことを知ってる人がいたら、
教えてください!(年代がばれるかも・・・爆)
今日からしばらくの間、ランキングのカテゴリーを
「ビジネス」から「日記」に移動させてみました。
(深い理由は有りませんが・・笑)
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ミニュさんに 全部の歌詞教えていただいたので追加します。
(ミニュさんのブログは笑いもありますが、「ほのぼの」とした、心癒されるブログです、
是非一度覗いてみてください!「人畜無害」のブログですよ!!爆)
17才の詩 NSP
勉強しなけりゃ いけないと いわれ
茶店に入っては いけないと いわれ
タバコを 吸っては いけないといわれ
夜は早く 帰れと いわれた
授業 さぼって 茶店に入り
タバコ を吸ったら
こんな 気持ちのいいことはなかった
愛を知るのは 早いといわれ
胸の想いは 捨てろといわれ
語り合っては いけないといわれ
全ては かたく とざせといわれた
人を愛し 想いをこめて
全てを ささげたら
こんな すてきな ことはなかった
うそをついて 悪口いって
きらわれて しまえば
こんな気楽になるなんて知らなかった
私の記憶は、ある意味正確で、ある意味抜け抜け、、
ミニュ サンキュー〜〜
誰が言ったのか名前も、いつの時代の人かも分かりません、、が
ずいぶん前に、仕事で移動中の新幹線の座席の前に、置いてあった本で
読んだ記事の中に、
「人の人生は、他人(ひと)の人生に影響を与えた時に、価値を持つ」
見たいなことを書いてあるのが、目にとまりました。
深く頷いて、言葉を自分なりに理解しました。(正確な文章ではないと思います)
この言葉は、アメリカ大リーグの初の黒人選手の
「墓標」 に刻まれてる言葉らしいです。
素晴らしい言葉です!
人種差別の壁、、いや、、、
人間としての『壁』を、越えた人の心とは、こんなにも強いものであると同時に!
強さの「根元」には、どの様な偉人賢人も共通する、
『次なる世代への影響』
と言うものを「心」の糧にして頑張ったんだな〜〜と感じる。
私は色々な研修に参加した時に、
「自分のための努力には限界があるが、
他の人のための努力なら、自分を超えれる可能性がある」
そう教えます。
私は幸運にも、この人のために頑張りたい!と言う、人が数人います、
この事は、私にとってとても、重要なことで、
その人達に、感謝してます。
私の傍にいてくれてありがとう!
頑張りましょう!
(仕事中です皆の打ち合わせを聞きながら、なんとなく書いてみました。)
『あなたには何人の「ひと」がいますか?』
その人のために頑張りましょう!!
勿論、未だ見ぬ、未来の「ひと」のために頑張りましょう!!
『応援お願いします!!』

ずいぶん前に、仕事で移動中の新幹線の座席の前に、置いてあった本で
読んだ記事の中に、
「人の人生は、他人(ひと)の人生に影響を与えた時に、価値を持つ」
見たいなことを書いてあるのが、目にとまりました。
深く頷いて、言葉を自分なりに理解しました。(正確な文章ではないと思います)
この言葉は、アメリカ大リーグの初の黒人選手の
「墓標」 に刻まれてる言葉らしいです。
素晴らしい言葉です!
人種差別の壁、、いや、、、
人間としての『壁』を、越えた人の心とは、こんなにも強いものであると同時に!
強さの「根元」には、どの様な偉人賢人も共通する、
『次なる世代への影響』
と言うものを「心」の糧にして頑張ったんだな〜〜と感じる。
私は色々な研修に参加した時に、
「自分のための努力には限界があるが、
他の人のための努力なら、自分を超えれる可能性がある」
そう教えます。
私は幸運にも、この人のために頑張りたい!と言う、人が数人います、
この事は、私にとってとても、重要なことで、
その人達に、感謝してます。
私の傍にいてくれてありがとう!
頑張りましょう!
(仕事中です皆の打ち合わせを聞きながら、なんとなく書いてみました。)
『あなたには何人の「ひと」がいますか?』
その人のために頑張りましょう!!
勿論、未だ見ぬ、未来の「ひと」のために頑張りましょう!!
『応援お願いします!!』

ビジネスにおいては、
個人の意志感情と言うものが、時として、邪魔なものになる時がある。
私は、これまで、沢山の人達と上司と部下と言う立場で付き合って来ました。
その中で、
「意志」だとか「感情」などは不要だ!
と言い続けてきました。
ともすれば、素人に毛の生えたような社員は、
意見を求めると、すぐにこう言います
「・・・・だと思います」
私の部下を、半年もやってる人なら、絶対に「だと思う」と言いません!
私は、ビジネスにおいては、「・・・だと思う」などと言う人は、
能力が無いとか有るとかの以前の人だと思っています。
ビジネスで、求められてるのは、「真実」であって、
個人の中途半端な思い込みの意見ではないのです!!
プロならば、「だと思います」以外の表現で意見を吐くべきだと「思います」、、
たった今書いた「思います」と言うのは、私が感じたことであって、
求められた意見に答えたものではないのですね!
この違いを分かってください。
例え話をしましょう。
「この、数値は幾つなの?」
「多分、100ぐらいだと思います」この答え方なんて、子供と一緒ですね! 馬鹿丸出し!
「多分・・ぐらい・・思います」全くの正確さではない!
頼れる社員と言うものは、「100です。」とだけ答えるのです。
もしくは「詳しくは分かりません」と答えるか。
その結果、「おおよそでも分からないのか?」そう聞かれた時に、
「(多分は不要)100前後(ぐらいでも良い)だと○○」
○○の部分には、
100前後と思っている「理由」が入ります。
例えば「本で読んだ」とか「だれそれに聞いた」とか等等・・
理由が無い時には、シンプルに「・・だと思います」が入るべきなのです。
自分に信用があれば、「だと思う」だけでも信じてもらえるでしょうが、
信用が無い時代は必ず有りますから、その時はきちんと「理由」を付けるべきなのです!
たとえそれが、正確な事と自信が有っても、信用が無い時代には、
「理由」を付けて、意見を吐くべきなのです。
では、何故に、理由を付けたがらないか?
それは、「知識」と言うものに、「価値」を感じているからですね。
そんな人はただの「アホ」です!
知識なんて、誰でも「手に入る」全く価値の無いものなのですから、
知識があれば、「有能」とでも思っているのでしょう!
そんな人は「知識」の本でも出版すれば良いのです、
その本が良く売れるのならば、「価値」はあるでしょう、、
私も知識は沢山持っていますが、「本」にして、売れるような知識は持っていません。
これは殆どの方がそうではないでしょうか?
正確な情報でさえも、さも自分の意見みたいに「・・だと思います」
その様な馬鹿共は、腐るほど見てきました!疲れます・・
言い切れない人たち、正確だと分かっていても、ついつい言ってしまう人もいます。
それは、それで、理解は出来ますが、ビジネスの上では、
このような人も、「不要」ですね、疲れます。
だから、「・・だと思います」と言う人に対しては。
「私は、ビジネスをしてるのであって、友達と話してるわけではない!」
「あなたの、思いを聞いてるのではないよ!」
そう言って、本気で叱ります!
その程度が理解できない人は、ビジネスが「生き甲斐」となる人には
なれないと思っています、
勿論、ビジネスが生き甲斐となる人が素晴らしいとは、
「夢にも思っていませんがね」(この辺は「価値観」の所で書きましたね)
ビジネスを生き甲斐として目指すなら、
意見を求められて「・・だと思います」と言うのは止めましょう。
勿論世の中の色々な企業に行くと、
馬鹿上司の方も平気で「・・だと思います」を
聞き流してる人が多いのにも、あきれますがね!!
このような企業だから、「経営コンサルタント」に依存するんでしょうがね!
ありがたいですね〜〜〜爆「飯の種」ですね!
今回は「意志」の部分の、導入編を書いてみました。
次回は「感情」を書いてみる予定です。
この意志と言う話は、あくまでも「ビジネス」の上でのことであって、
私生活で、考えると、少々無理が有るかも知れませんね!
『応援お願いします!!』

個人の意志感情と言うものが、時として、邪魔なものになる時がある。
私は、これまで、沢山の人達と上司と部下と言う立場で付き合って来ました。
その中で、
「意志」だとか「感情」などは不要だ!
と言い続けてきました。
ともすれば、素人に毛の生えたような社員は、
意見を求めると、すぐにこう言います
「・・・・だと思います」
私の部下を、半年もやってる人なら、絶対に「だと思う」と言いません!
私は、ビジネスにおいては、「・・・だと思う」などと言う人は、
能力が無いとか有るとかの以前の人だと思っています。
ビジネスで、求められてるのは、「真実」であって、
個人の中途半端な思い込みの意見ではないのです!!
プロならば、「だと思います」以外の表現で意見を吐くべきだと「思います」、、
たった今書いた「思います」と言うのは、私が感じたことであって、
求められた意見に答えたものではないのですね!
この違いを分かってください。
例え話をしましょう。
「この、数値は幾つなの?」
「多分、100ぐらいだと思います」この答え方なんて、子供と一緒ですね! 馬鹿丸出し!
「多分・・ぐらい・・思います」全くの正確さではない!
頼れる社員と言うものは、「100です。」とだけ答えるのです。
もしくは「詳しくは分かりません」と答えるか。
その結果、「おおよそでも分からないのか?」そう聞かれた時に、
「(多分は不要)100前後(ぐらいでも良い)だと○○」
○○の部分には、
100前後と思っている「理由」が入ります。
例えば「本で読んだ」とか「だれそれに聞いた」とか等等・・
理由が無い時には、シンプルに「・・だと思います」が入るべきなのです。
自分に信用があれば、「だと思う」だけでも信じてもらえるでしょうが、
信用が無い時代は必ず有りますから、その時はきちんと「理由」を付けるべきなのです!
たとえそれが、正確な事と自信が有っても、信用が無い時代には、
「理由」を付けて、意見を吐くべきなのです。
では、何故に、理由を付けたがらないか?
それは、「知識」と言うものに、「価値」を感じているからですね。
そんな人はただの「アホ」です!
知識なんて、誰でも「手に入る」全く価値の無いものなのですから、
知識があれば、「有能」とでも思っているのでしょう!
そんな人は「知識」の本でも出版すれば良いのです、
その本が良く売れるのならば、「価値」はあるでしょう、、
私も知識は沢山持っていますが、「本」にして、売れるような知識は持っていません。
これは殆どの方がそうではないでしょうか?
正確な情報でさえも、さも自分の意見みたいに「・・だと思います」
その様な馬鹿共は、腐るほど見てきました!疲れます・・
言い切れない人たち、正確だと分かっていても、ついつい言ってしまう人もいます。
それは、それで、理解は出来ますが、ビジネスの上では、
このような人も、「不要」ですね、疲れます。
だから、「・・だと思います」と言う人に対しては。
「私は、ビジネスをしてるのであって、友達と話してるわけではない!」
「あなたの、思いを聞いてるのではないよ!」
そう言って、本気で叱ります!
その程度が理解できない人は、ビジネスが「生き甲斐」となる人には
なれないと思っています、
勿論、ビジネスが生き甲斐となる人が素晴らしいとは、
「夢にも思っていませんがね」(この辺は「価値観」の所で書きましたね)
ビジネスを生き甲斐として目指すなら、
意見を求められて「・・だと思います」と言うのは止めましょう。
勿論世の中の色々な企業に行くと、
馬鹿上司の方も平気で「・・だと思います」を
聞き流してる人が多いのにも、あきれますがね!!
このような企業だから、「経営コンサルタント」に依存するんでしょうがね!
ありがたいですね〜〜〜爆「飯の種」ですね!
今回は「意志」の部分の、導入編を書いてみました。
次回は「感情」を書いてみる予定です。
この意志と言う話は、あくまでも「ビジネス」の上でのことであって、
私生活で、考えると、少々無理が有るかも知れませんね!
『応援お願いします!!』

信用
信用するってとても、大変ですね!
私は、一度信用したら、10年間信用しようと決めてます。
人は疑い出したらきりが無いし、、疑うのも疲れるし・・
盲目状態で信用するのが一番楽だし!!
知人には「人が良すぎる」とか「それはおかしい」とか言われますが。
良いのです。
裏切られようが、騙されようが、、
私自身も、騙す気もなければ、裏切る気も無いけど、、
結果的に、そう思われた経験も有ります、
その時に、「どうして、もう少し、私の事を信じてくれなかったの?」
といつも思いますからね!
信じて信じて信じ抜いて、その結果、「駄目だな〜〜」だったら、
自分自身に納得もするし、
人って言うのは、信じて信じて信じ抜くと、いずれ答えてくれると思っていますから!
そのおかげで、私は裏切られたと言う経験はありません。
知人に言わせると、「裏切られてる」らしいですが、、
私は、「その人も、そうせざる得ない理由があったんだろう」そう思うと、
逆に、悪い事したかな〜〜ぐらいの気持ちになる、、
そんな風に考えると、信じる事は簡単ですよ!
そうして、付き合っていると、不思議な事に、
その人との関係は時間が解決してくれますね
でも、一度「信じれない」そう思ったら、
私は生涯口もきかない!! そう決めてます。
勿論信用するのには私自身の「基線」は有りますけどね!!
人は人のことをあれこれと評価する動物です!
特に私は、ビジネスでは、色々なものを「評価」する事が、
仕事のスタート地点です、ですから、「信じる」事の「軸」が
フラフラしていたのでは、とてもじゃないけど、まともな仕事は出来ません!
仕事に薄っぺらな「意志感情」は必要ないのです!
ですから、「基線」を超えた人を信じるのは、自分の意志ではなく、当然だと思っています。
又意味不明ですかね?
次回は「意志感情」を書こうかな〜〜(予定)
『応援お願いします!!』

信用するってとても、大変ですね!
私は、一度信用したら、10年間信用しようと決めてます。
人は疑い出したらきりが無いし、、疑うのも疲れるし・・
盲目状態で信用するのが一番楽だし!!
知人には「人が良すぎる」とか「それはおかしい」とか言われますが。
良いのです。
裏切られようが、騙されようが、、
私自身も、騙す気もなければ、裏切る気も無いけど、、
結果的に、そう思われた経験も有ります、
その時に、「どうして、もう少し、私の事を信じてくれなかったの?」
といつも思いますからね!
信じて信じて信じ抜いて、その結果、「駄目だな〜〜」だったら、
自分自身に納得もするし、
人って言うのは、信じて信じて信じ抜くと、いずれ答えてくれると思っていますから!
そのおかげで、私は裏切られたと言う経験はありません。
知人に言わせると、「裏切られてる」らしいですが、、
私は、「その人も、そうせざる得ない理由があったんだろう」そう思うと、
逆に、悪い事したかな〜〜ぐらいの気持ちになる、、
そんな風に考えると、信じる事は簡単ですよ!
そうして、付き合っていると、不思議な事に、
その人との関係は時間が解決してくれますね
でも、一度「信じれない」そう思ったら、
私は生涯口もきかない!! そう決めてます。
勿論信用するのには私自身の「基線」は有りますけどね!!
人は人のことをあれこれと評価する動物です!
特に私は、ビジネスでは、色々なものを「評価」する事が、
仕事のスタート地点です、ですから、「信じる」事の「軸」が
フラフラしていたのでは、とてもじゃないけど、まともな仕事は出来ません!
仕事に薄っぺらな「意志感情」は必要ないのです!
ですから、「基線」を超えた人を信じるのは、自分の意志ではなく、当然だと思っています。
又意味不明ですかね?
次回は「意志感情」を書こうかな〜〜(予定)
『応援お願いします!!』

「職業病」
別に、本当の病気のことではありません!
人が職業をする事によって、生み出されてくる
『観念』とか、
『信念』とか、
『身体的変化』とか、、
職業的 『価値観』
(最近良く出てくる言葉ですね)と言った方が良いかもしれません。
職業的価値観の中でも、
その職業に就いてない人から見ると、
あるときは「異常」に見えたりするものを「職業病」と私は言ってます。
職業病に感染している人を 私は「プロフェッショナル」と位置付けています。
プロの行動思考と言うものは、アマには、「想像できない世界」です。
例えば、、相撲取り職業病は、端的に言うと「太っている事」です。
(太ってると言う表現は適切ではないかも知れませんが)
太るのが嫌な人は絶対に相撲取りにはなれません。
10年ほど前になるのでしょうか、、
「ウルフ・千代の富士」と言う名力士がいましたよね!
小兵で活躍した力士です。
千代の富士と言う力士が登場して、相撲人気はどうだったのか?
上がりました。
では、千代の富士と言う力士の登場を、相撲協会はどの様に感じていたのか?
一言「迷惑」だったのです。
何故なら、、現在の相撲取りの世界を見れば分かる事です、、
小柄で、筋肉質の若者を、「横綱」まで、育て上げる、「プロセス」を
持ってる「部屋」が有ると思いますか? 答えは「NO」です。
と言う事は、千代の富士個人の能力に後押しされたら、「迷惑」なんです!
相撲という、スポーツは長い歴史の上に成り立っている「物」なのです。
それを、たまたまの「天才」に滅茶苦茶にされる事によって、
次なる「プロフェッショナル」を育てる土壌が「レベルアップ」される事が「迷惑」なんですよ。
もっと簡単に言いましょう。
太る事を容認出来れば誰でもが、相撲取りになれる可能性が有る。
太るのは普通は誰でも嫌ですよね、その「嫌」に、決別できれば、
その「職業病」を、容認する事ができれば、チャンスは有る訳です。
千代の富士みたいな天才が現れると「裾野が広がる」どころか、
可能性に蓋をする事さえあるのですね。
芸能人(職業病は沢山有るのでしょうが、)
「プライベートの損失」に対する「愚鈍さ」・・
愚鈍どころか、それが売り物ですからね〜〜
一般人なら「裁判沙汰」ですよ!!
それが、芸能人だと
『誇り』 に変わってしまう。
これって?ある意味病気でしょう?
葬儀屋さん、、普通だとニコニコ明るく元気良く!!ですよね!
じゃー「明るい葬儀屋さん」見た事有りますか?
葬儀屋と言う職業を長年やってると、必然的に
一般で言う「暗い・・」になるのではないですか?
家庭では違うだろーーーなどと言う人は、、ただの「アマ」だと思います。
本当の「プロフェッショナル」になる人には
「家庭では・・」などと中途半端な人はいないのです!
相撲取りが、良く芸能人の素晴らしい美人と結婚する、、
それを見て、一般人はこう思う「なんで、相撲取りなんかと・・」
プロはプロを知るんです!
一般の中途半端な人はプロを理解できないのです!
プロになるには「避けて通れない」その道の「壁」が有ると思います。
その壁を、越えるのにはそれこそ、一般的な「観念」なり「価値観」では、
絶対に超えれないものだと思っています!
最近「オタク」と言う言葉を耳にします、、
プロになるには、ある意味「オタク」になると言う事なんですね!
一般人から見ると、どうでも良いようなこと、眉をしかめる事、
そんなことに、
「誇りを持っている人」こそプロの条件だと思います。
プロ野球の一軍選手は一年のうち大半を「遠征」で費やします、
この生活こそ、二軍選手の目標なのです、
「毎日家でのんびりしたい・・」などと、寝語を言う人二軍選手はいないと思います。
それどころか、「早く一年の大半を遠征できる状態になりたい」と
職業病の「感染」を熱望してるのではないでしょうか?
最近私の周りのブログ記事で「先生」と言うテーマが良く書かれてますが、
学校教員の職業病って何でしょうね?
私の親は田舎の中学教諭でした、
高校時代に、「たかが、テストで生徒の優劣を付ける」父親を見て、
「世界の狭い人、、」そう思っていました、
でも、社会人になり、人の「優劣」を評価しなければいけない立場に立ったとき、
親父の偉大さが判ったような気がしました。
仕事の優劣と人間性の優劣は違うのです!
私は、仕事の優劣を自分の意思として発表する立場に付いたときに、
凄く悩みました、、
「これを発表する事によって、自分の人格を疑われるのでは・・」
挙句に・・
「仕事の優劣はこうだけど、、出来ない人は出来ない人なりに、
こんな、良いところがあるじゃないか!」
などと、、、指導者としては最低のことをやってしまったことが、
有ります、結果当然私の率いた組織はガタガタ、、
何故なら、、プロとしての評価にアマの評価を被せてしまったからです。
その時親父に「悪かったな〜〜」そう感じました。
親父の周りには(我が家です)何時も何時も大勢の過去の教え子達が
尋ねて来ては、「昔先生を憎んでいた」とか「嫌いだった」とか言います。
でも「学校の休みの日に良く遊んでもらったな〜」とも聞きました。
私は親父のその様な姿は良く目にしてました、
親父は「低脳」だったのでしょう!
だから、「仕事場」だけで、仕事を終わらすことが出来ずに、
家庭にまで仕事を持ち込んだのでしょう!
私も、曲りなりに指導者になって、、
仕事場だけの、評価ではまだまだ、人を引き付けるに至っておりません
だから、私生活で、の付き合いで、人として付き合います、
「出来るだけベクトルの先に仕事を見て」付き合います。
遊びの時ぐらい、仕事を忘れれば?などと言う
生易しい感覚では、出来ない世界にもうすでに住んでいるのかもしれませんし、、
これはある意味「病気」でしょう
その病気が『誇り』でも有ります。
私生活(違った環境)になるとすぐに仕事を忘れる人は、、
アマか?突き抜けた「プロ」か、どちらかだと思います。
私も、早く、仕事を離れたら、
「職業を感じさせない、超プロフェッショナル」になりたいです!!
『応援お願いします!!』

今、「風の詩」に話したことを補足として書きます。
現在の教員、の問題点、、
昔も今も、「成績評価」と言うものに何の代わりも無いでしょう!
私の親父の時代も、国で定められた学習計画があり、成績の悪い子は
当然「置いていかれたでしょう」 でも親父の時代は、
例えば授業についてこれない生徒を自宅に呼んで、良く教えていました、
(勿論理想の先生とは、与えられた時間内で全ての「教育」を出来る事であると思いますが。)
しかし、現在の先生がそのような「熱意」を皆なくしてしまったのか?
と言うと、そうではないと思うのですが・・
その原因を作ったのは、社会ではないでしょうか?
やれ「えこひいき」だやれ「生活干渉」だ・・
先生はやり辛いでしょうね〜〜
超プロフェッショナルな教員なら可能でしょうが・・
公務員の「無気力」もそこにも原因は有ると思います!
「職業の細分化」これが、積極的取り組みに「ミズを差してる」
結果、、人材が育たない!!
これは、企業にも言えてる事ですが・・
補足でした。
別に、本当の病気のことではありません!
人が職業をする事によって、生み出されてくる
『観念』とか、
『信念』とか、
『身体的変化』とか、、
職業的 『価値観』
(最近良く出てくる言葉ですね)と言った方が良いかもしれません。
職業的価値観の中でも、
その職業に就いてない人から見ると、
あるときは「異常」に見えたりするものを「職業病」と私は言ってます。
職業病に感染している人を 私は「プロフェッショナル」と位置付けています。
プロの行動思考と言うものは、アマには、「想像できない世界」です。
例えば、、相撲取り職業病は、端的に言うと「太っている事」です。
(太ってると言う表現は適切ではないかも知れませんが)
太るのが嫌な人は絶対に相撲取りにはなれません。
10年ほど前になるのでしょうか、、
「ウルフ・千代の富士」と言う名力士がいましたよね!
小兵で活躍した力士です。
千代の富士と言う力士が登場して、相撲人気はどうだったのか?
上がりました。
では、千代の富士と言う力士の登場を、相撲協会はどの様に感じていたのか?
一言「迷惑」だったのです。
何故なら、、現在の相撲取りの世界を見れば分かる事です、、
小柄で、筋肉質の若者を、「横綱」まで、育て上げる、「プロセス」を
持ってる「部屋」が有ると思いますか? 答えは「NO」です。
と言う事は、千代の富士個人の能力に後押しされたら、「迷惑」なんです!
相撲という、スポーツは長い歴史の上に成り立っている「物」なのです。
それを、たまたまの「天才」に滅茶苦茶にされる事によって、
次なる「プロフェッショナル」を育てる土壌が「レベルアップ」される事が「迷惑」なんですよ。
もっと簡単に言いましょう。
太る事を容認出来れば誰でもが、相撲取りになれる可能性が有る。
太るのは普通は誰でも嫌ですよね、その「嫌」に、決別できれば、
その「職業病」を、容認する事ができれば、チャンスは有る訳です。
千代の富士みたいな天才が現れると「裾野が広がる」どころか、
可能性に蓋をする事さえあるのですね。
芸能人(職業病は沢山有るのでしょうが、)
「プライベートの損失」に対する「愚鈍さ」・・
愚鈍どころか、それが売り物ですからね〜〜
一般人なら「裁判沙汰」ですよ!!
それが、芸能人だと
『誇り』 に変わってしまう。
これって?ある意味病気でしょう?
葬儀屋さん、、普通だとニコニコ明るく元気良く!!ですよね!
じゃー「明るい葬儀屋さん」見た事有りますか?
葬儀屋と言う職業を長年やってると、必然的に
一般で言う「暗い・・」になるのではないですか?
家庭では違うだろーーーなどと言う人は、、ただの「アマ」だと思います。
本当の「プロフェッショナル」になる人には
「家庭では・・」などと中途半端な人はいないのです!
相撲取りが、良く芸能人の素晴らしい美人と結婚する、、
それを見て、一般人はこう思う「なんで、相撲取りなんかと・・」
プロはプロを知るんです!
一般の中途半端な人はプロを理解できないのです!
プロになるには「避けて通れない」その道の「壁」が有ると思います。
その壁を、越えるのにはそれこそ、一般的な「観念」なり「価値観」では、
絶対に超えれないものだと思っています!
最近「オタク」と言う言葉を耳にします、、
プロになるには、ある意味「オタク」になると言う事なんですね!
一般人から見ると、どうでも良いようなこと、眉をしかめる事、
そんなことに、
「誇りを持っている人」こそプロの条件だと思います。
プロ野球の一軍選手は一年のうち大半を「遠征」で費やします、
この生活こそ、二軍選手の目標なのです、
「毎日家でのんびりしたい・・」などと、寝語を言う人二軍選手はいないと思います。
それどころか、「早く一年の大半を遠征できる状態になりたい」と
職業病の「感染」を熱望してるのではないでしょうか?
最近私の周りのブログ記事で「先生」と言うテーマが良く書かれてますが、
学校教員の職業病って何でしょうね?
私の親は田舎の中学教諭でした、
高校時代に、「たかが、テストで生徒の優劣を付ける」父親を見て、
「世界の狭い人、、」そう思っていました、
でも、社会人になり、人の「優劣」を評価しなければいけない立場に立ったとき、
親父の偉大さが判ったような気がしました。
仕事の優劣と人間性の優劣は違うのです!
私は、仕事の優劣を自分の意思として発表する立場に付いたときに、
凄く悩みました、、
「これを発表する事によって、自分の人格を疑われるのでは・・」
挙句に・・
「仕事の優劣はこうだけど、、出来ない人は出来ない人なりに、
こんな、良いところがあるじゃないか!」
などと、、、指導者としては最低のことをやってしまったことが、
有ります、結果当然私の率いた組織はガタガタ、、
何故なら、、プロとしての評価にアマの評価を被せてしまったからです。
その時親父に「悪かったな〜〜」そう感じました。
親父の周りには(我が家です)何時も何時も大勢の過去の教え子達が
尋ねて来ては、「昔先生を憎んでいた」とか「嫌いだった」とか言います。
でも「学校の休みの日に良く遊んでもらったな〜」とも聞きました。
私は親父のその様な姿は良く目にしてました、
親父は「低脳」だったのでしょう!
だから、「仕事場」だけで、仕事を終わらすことが出来ずに、
家庭にまで仕事を持ち込んだのでしょう!
私も、曲りなりに指導者になって、、
仕事場だけの、評価ではまだまだ、人を引き付けるに至っておりません
だから、私生活で、の付き合いで、人として付き合います、
「出来るだけベクトルの先に仕事を見て」付き合います。
遊びの時ぐらい、仕事を忘れれば?などと言う
生易しい感覚では、出来ない世界にもうすでに住んでいるのかもしれませんし、、
これはある意味「病気」でしょう
その病気が『誇り』でも有ります。
私生活(違った環境)になるとすぐに仕事を忘れる人は、、
アマか?突き抜けた「プロ」か、どちらかだと思います。
私も、早く、仕事を離れたら、
「職業を感じさせない、超プロフェッショナル」になりたいです!!
『応援お願いします!!』

今、「風の詩」に話したことを補足として書きます。
現在の教員、の問題点、、
昔も今も、「成績評価」と言うものに何の代わりも無いでしょう!
私の親父の時代も、国で定められた学習計画があり、成績の悪い子は
当然「置いていかれたでしょう」 でも親父の時代は、
例えば授業についてこれない生徒を自宅に呼んで、良く教えていました、
(勿論理想の先生とは、与えられた時間内で全ての「教育」を出来る事であると思いますが。)
しかし、現在の先生がそのような「熱意」を皆なくしてしまったのか?
と言うと、そうではないと思うのですが・・
その原因を作ったのは、社会ではないでしょうか?
やれ「えこひいき」だやれ「生活干渉」だ・・
先生はやり辛いでしょうね〜〜
超プロフェッショナルな教員なら可能でしょうが・・
公務員の「無気力」もそこにも原因は有ると思います!
「職業の細分化」これが、積極的取り組みに「ミズを差してる」
結果、、人材が育たない!!
これは、企業にも言えてる事ですが・・
補足でした。
お疲れ様です皆様!!
今日はアップはもうしない予定でしたが、、
最近巷で流行の?
『学校の先生』シリーズで、、
セサミさん『ひらくごま』
(とても、癒されるブログです一度覗いてみてください!本人も、面白い楽しい人ですよ!)
がアップしていた記事を見て、
思い出したので急遽アップする事にしました!!
4月のある午後の授業中のことです、、
私は理科の授業で、「物理」を取ってました、
同級生で物理を取っていた生徒は
私と、もう一人、、二人だけ、教室は図書館の倉庫みたいな小部屋、、
授業は殆どが「自習」
その日私は一人で図書館に出て、本を探して、
図書館の机の上で、自習してました、
そこに、新任の先生「様」登場〜〜
先生様「こら!何をサボっているんだーー!!」
私「へっ?私のことですか?」
先生様「そうだ、『お前』の事だよ!!」
私「んんん??お前って誰?」(勿論闘争心は真っ赤です)
大先生様「お前はお前だろう!!クラスと名前を言え!停学だ!!」と叫んでいる!!
小市民の私「停学ですか?」
殿様大先生「そうだーーー」
切れ掛かった私「まじですか?」
馬鹿先生「そうだーー」
私「アホは、どっか消えてしまって、邪魔だし、、シッシッ!!」と、追い払おうとしましたが、、
不幸な事にその「虫」は、私が「誰で」「何者」かも知りませんでした、、
新任であるが上の不幸でした、、爆
よほど、「アホは消えろ」と言う、思いやりの言葉が、嫌だったのか、
私の胸ぐらを掴み、、まるでヤクザみたいな口調で
「ふざけるなよーーー来い!!」と
職員室に引きずられて行きました、、
(カット2職員室)
胸ぐらを掴まれて引きずられてる私を見た、
物理の先生が、一言「○○が何かやったのですか?○○先生」
ヤクザまがいの人「かくかくしかじか・・」
と説明、、
物理の先生「あれは、授業中ですよ!勘違いしてるのは貴方ですよ!!」
チンピラ虫「・・無言・・」
エキストラ(その他の先生)一同「どうした!どうした!」
勘違いアホ「・・・・ひたすら無言・・・」
物理の先生「○○悪かったね、図書館に戻って良いよ」
エキストラ一同「○○突っ込むなよ・・・・」と心配顔、、
牙を剥いた私(物理の先生に)「先生に謝ってもらう理由はないのですが・・」
「謝るべきは、このアホだと思うんですが・・」
物理の先生「このアホは無いだろう?」とやんわり、、
この先生は賢い、、自分に飛び火が来るのを避けている(笑)
私「先生と呼ぶのも汚らわしいし、先生とも認めてないですから」
「何より、、『停学だ!!』と脅された上に、胸ぐら掴まれて、
ヤクザまがいの口調で、、引きずられて、、そんな奴を、先生と言う
気はまったく無いのですが・・」
職員室の先生全員・・やばい・・○○が、切れた・・ツツ(冷や汗の流れる音)
私はもうどうでも良いと思い、「おい!謝れば許してやるわ!!」
虫「悪かった」(威厳を保とうと言う感じ見え見え)
私「ヘッ??」「何ですと?悪かった?」
「あんた、小学校出たの?小学校で悪い事したらなんて謝るように
教えられたの?
私は『ごめんなさい』と言うように教えられたけど??」
物理の先生「○○そこまでは・・」(恐々・・)
私「謝りたくなければ、謝って貰わなくて良いですよ、
私はこの問題を、しかるべき機関で、決着つけてもらいますから、
私の受けた精神的傷は、本当は謝ってもらうだけじゃ癒えないのですが、
何より、こんなアホが教員してる事に問題が有ると思いますから、、」
結局その先生は私に「ごめんなさい」と謝って、、
その後の全校生徒の「いじめに遭ったのは言うまでも無いです」
あはは〜〜
本当に変わり者でした!!先生いじめで有名でした!!
この記事ネタを思い出させて貰いましたセサミさん!!
私が同級生だったら、、ギャフン!!と言わせてあげたのにね〜〜
残念・・
本日のおまけです!!
『応援お願いします!!』

今日はアップはもうしない予定でしたが、、
最近巷で流行の?
『学校の先生』シリーズで、、
セサミさん『ひらくごま』
(とても、癒されるブログです一度覗いてみてください!本人も、
がアップしていた記事を見て、
思い出したので急遽アップする事にしました!!
4月のある午後の授業中のことです、、
私は理科の授業で、「物理」を取ってました、
同級生で物理を取っていた生徒は
私と、もう一人、、二人だけ、教室は図書館の倉庫みたいな小部屋、、
授業は殆どが「自習」
その日私は一人で図書館に出て、本を探して、
図書館の机の上で、自習してました、
そこに、新任の先生「様」登場〜〜
先生様「こら!何をサボっているんだーー!!」
私「へっ?私のことですか?」
先生様「そうだ、『お前』の事だよ!!」
私「んんん??お前って誰?」(勿論闘争心は真っ赤です)
大先生様「お前はお前だろう!!クラスと名前を言え!停学だ!!」と叫んでいる!!
小市民の私「停学ですか?」
殿様大先生「そうだーーー」
切れ掛かった私「まじですか?」
馬鹿先生「そうだーー」
私「アホは、どっか消えてしまって、邪魔だし、、シッシッ!!」と、追い払おうとしましたが、、
不幸な事にその「虫」は、私が「誰で」「何者」かも知りませんでした、、
新任であるが上の不幸でした、、爆
よほど、「アホは消えろ」と言う、思いやりの言葉が、嫌だったのか、
私の胸ぐらを掴み、、まるでヤクザみたいな口調で
「ふざけるなよーーー来い!!」と
職員室に引きずられて行きました、、
(カット2職員室)
胸ぐらを掴まれて引きずられてる私を見た、
物理の先生が、一言「○○が何かやったのですか?○○先生」
ヤクザまがいの人「かくかくしかじか・・」
と説明、、
物理の先生「あれは、授業中ですよ!勘違いしてるのは貴方ですよ!!」
チンピラ虫「・・無言・・」
エキストラ(その他の先生)一同「どうした!どうした!」
勘違いアホ「・・・・ひたすら無言・・・」
物理の先生「○○悪かったね、図書館に戻って良いよ」
エキストラ一同「○○突っ込むなよ・・・・」と心配顔、、
牙を剥いた私(物理の先生に)「先生に謝ってもらう理由はないのですが・・」
「謝るべきは、このアホだと思うんですが・・」
物理の先生「このアホは無いだろう?」とやんわり、、
この先生は賢い、、自分に飛び火が来るのを避けている(笑)
私「先生と呼ぶのも汚らわしいし、先生とも認めてないですから」
「何より、、『停学だ!!』と脅された上に、胸ぐら掴まれて、
ヤクザまがいの口調で、、引きずられて、、そんな奴を、先生と言う
気はまったく無いのですが・・」
職員室の先生全員・・やばい・・○○が、切れた・・ツツ(冷や汗の流れる音)
私はもうどうでも良いと思い、「おい!謝れば許してやるわ!!」
虫「悪かった」(威厳を保とうと言う感じ見え見え)
私「ヘッ??」「何ですと?悪かった?」
「あんた、小学校出たの?小学校で悪い事したらなんて謝るように
教えられたの?
私は『ごめんなさい』と言うように教えられたけど??」
物理の先生「○○そこまでは・・」(恐々・・)
私「謝りたくなければ、謝って貰わなくて良いですよ、
私はこの問題を、しかるべき機関で、決着つけてもらいますから、
私の受けた精神的傷は、本当は謝ってもらうだけじゃ癒えないのですが、
何より、こんなアホが教員してる事に問題が有ると思いますから、、」
結局その先生は私に「ごめんなさい」と謝って、、
その後の全校生徒の「いじめに遭ったのは言うまでも無いです」
あはは〜〜
本当に変わり者でした!!先生いじめで有名でした!!
この記事ネタを思い出させて貰いましたセサミさん!!
私が同級生だったら、、ギャフン!!と言わせてあげたのにね〜〜
残念・・
本日のおまけです!!
『応援お願いします!!』

お勧めブログの「万華鏡」のそらさんの記事から、
今回の記事のテーマに行きたいと思います。
そらさんの記事「教育学部で学ぶ事」
今回はこの記事に対する私のコメントを記事とします。
以下私のコメントです(原文のまま貼り付けます)
記事のリクエストにお答えいただき有難うございました。
私の親は元中学教諭です、
私は教員としての親を尊敬しています。
「心」の教育、「触れ合う」教育、幼い頃によく目にして、
「先生」と言う職業は素晴らしい、そう感じていました、
でも、教員と言う道は選びませんでした、
それは、教員と言う職業についてる、父親の、
「世界観」の狭さに、、あるとき気がついたからです。
それから、数十年、、現在、、
私はこう感じています、、
「世界観」が狭いのは、別にあの頃の父親だけではなく、
今の自分もそうなんだと!
おやじは、「プロフェッショナル」が上に、
あのような「感覚」を私に感じさせたんだ、、と、、
これは、いずれ私自身の記事になると思いますが、
「職業のプロフェッショナル」になる事によって、
避けて通れない、「職業病」それに、父親も「感染」していたんだと。
現在の先生方に、感じることがなかなか出来ない、
教員としての「職業病」・・
世間の人は、、「先生である前に一人の人間です」と
よく言われますが、、良くもその様な、間の抜けたことが、
平気で言えるな〜と思っています!
逆でしょう?「人間である前に先生なのです」でしょう?
私は「人間である前にビジネスで生きる者」として、生きてきました、
絶えず「プロフェッショナル」に徹して、、
だからこそ、手に入ったものも、手に入れたものも、
勿論失ったものも沢山有ります。
おやじは、先生である為に、手に入れたものも、
失ったものもある事に、私自身が「プロフェッショナル」を
意識した頃に気が付きました。
大学なんて、全く期待などしてません!
大学とはあくまでも、「基礎知識」を身に付けるところであるし、
人生の「道」を、探す所だと思っていますから、
「道」が、見つかりその道に「学歴」が不必要なら、
「大学卒」の資格は無意味なものになると思います、
勿論、「教養」と言う勉強は、生涯やり続けるものだと思いますが。
「道」に、対して真摯に取り組むと、
必ず、「職業病」に「感染」するでしょう!
私は、それが誇りだと思います!
現在の「教諭」の方々の「職業病」って?一体なんでしょうか?
現役の先生の何人がそれに対して明確な答えをお持ちなのでしょうか?
そして、その「職業病」が自分の「プロフェッショナル」としての誇りである!
と何人が気が付いておられるのでしょうか?疑問です・・
いやぁーーーそらさん!! やっちゃいました・・
コメントの欄「汚して」すみません・・
ついつい、、熱くなりました!・・いつもの事か!
すみません・・・ポチで許して・・笑
と、 まぁ〜こんな感じです、、
今日のアップは疲れたな〜〜〜って、、手抜き、、爆
次回はこれをもう少し、「具体的」に書いてみたいと思います!
『応援お願いします!!』

今回の記事のテーマに行きたいと思います。
そらさんの記事「教育学部で学ぶ事」
今回はこの記事に対する私のコメントを記事とします。
以下私のコメントです(原文のまま貼り付けます)
記事のリクエストにお答えいただき有難うございました。
私の親は元中学教諭です、
私は教員としての親を尊敬しています。
「心」の教育、「触れ合う」教育、幼い頃によく目にして、
「先生」と言う職業は素晴らしい、そう感じていました、
でも、教員と言う道は選びませんでした、
それは、教員と言う職業についてる、父親の、
「世界観」の狭さに、、あるとき気がついたからです。
それから、数十年、、現在、、
私はこう感じています、、
「世界観」が狭いのは、別にあの頃の父親だけではなく、
今の自分もそうなんだと!
おやじは、「プロフェッショナル」が上に、
あのような「感覚」を私に感じさせたんだ、、と、、
これは、いずれ私自身の記事になると思いますが、
「職業のプロフェッショナル」になる事によって、
避けて通れない、「職業病」それに、父親も「感染」していたんだと。
現在の先生方に、感じることがなかなか出来ない、
教員としての「職業病」・・
世間の人は、、「先生である前に一人の人間です」と
よく言われますが、、良くもその様な、間の抜けたことが、
平気で言えるな〜と思っています!
逆でしょう?「人間である前に先生なのです」でしょう?
私は「人間である前にビジネスで生きる者」として、生きてきました、
絶えず「プロフェッショナル」に徹して、、
だからこそ、手に入ったものも、手に入れたものも、
勿論失ったものも沢山有ります。
おやじは、先生である為に、手に入れたものも、
失ったものもある事に、私自身が「プロフェッショナル」を
意識した頃に気が付きました。
大学なんて、全く期待などしてません!
大学とはあくまでも、「基礎知識」を身に付けるところであるし、
人生の「道」を、探す所だと思っていますから、
「道」が、見つかりその道に「学歴」が不必要なら、
「大学卒」の資格は無意味なものになると思います、
勿論、「教養」と言う勉強は、生涯やり続けるものだと思いますが。
「道」に、対して真摯に取り組むと、
必ず、「職業病」に「感染」するでしょう!
私は、それが誇りだと思います!
現在の「教諭」の方々の「職業病」って?一体なんでしょうか?
現役の先生の何人がそれに対して明確な答えをお持ちなのでしょうか?
そして、その「職業病」が自分の「プロフェッショナル」としての誇りである!
と何人が気が付いておられるのでしょうか?疑問です・・
いやぁーーーそらさん!! やっちゃいました・・
コメントの欄「汚して」すみません・・
ついつい、、熱くなりました!・・いつもの事か!
すみません・・・ポチで許して・・笑
と、 まぁ〜こんな感じです、、
今日のアップは疲れたな〜〜〜って、、手抜き、、爆
次回はこれをもう少し、「具体的」に書いてみたいと思います!
『応援お願いします!!』

あなたの人生の目標はなんですか?
そう聞かれたら、どの様に答えますか?
私は、
「最後の最後で失敗して『後悔』したい」
その様に答えます。
私はこれまで、何をするにも、
周りの数倍の時間的努力はしてきたと言う自負はあります。
(周りのレベルが低かったのかもしれませんが・・)
勿論それは、自分の自己満足で、それが世の中に評価されてるのかどうかは疑問ですが・・
幸いな事に、今は世の中に対して斜に構えることなく、向かい合っていれるから、
多分自身はある程度の満足感はあるのでしょうね!
私の人生の目標は、
『人の数倍の努力をして、努力をして、、努力をして、、、』
『人の数倍、成功を夢見て、夢見て、、夢見て、、、』
今まで、その様な感覚で生きてきて、自分の立てた「目標」と言うものは、
全て「完達」して来ました。
別に自慢しているわけではないのです、
自分としてみれば、これだけやったから『当たり前』と言う程度でしかないのです。
だから、今の私は世の中「舐めて」いるのかもしれません、、
「努力すれば何とかなる!!」
と言う「観念」が私の中にあるのです。
だからこそ、人生の「やり直し」が出来なくなる直前に
「失敗」 したいのです。
世の中そんなに甘くないな〜〜 と感じたいのです。
今までも、よく言われた言葉です。
「世の中甘く見すぎじゃない?」 みたいな言葉。
その度に心の中で・・
「私の何を知って言ってるの?」 と言う気持ち。
その言葉を飲み込んで生きて来て、
努力して、やり抜いてきました、、(まだまだな部分は沢山有りますが・・)
安定と言うものを平気で数回捨てて、、
登山家でもないのに、
「山がそこにあるから・・」 などと嘯いて、、
何度もチャレンジしては、、
周りに助けられて、何とかなってきた自分。
勿論、、ここに書けば殆どの(読んでる)人が「嘘でしょう?」と言う時も有りました。
でも、世の中、ある意味「簡単」なんです、、努力さえすれば。
こんな感覚が、
「間違いであって欲しい・・」
人生の晩年は・・・
『流れる水面に「字」を書こうとしていたかも・・・』
そう言って、晩年を迎えた、日本の武将がいます、
私の人生最終章はまだまだですが、
その武将が言った、、
「自分は『つき』が無かった・・」
そう言いたいのです、
今は「つき」なんて、努力しない奴の逃げ口上だと思っています。
そう思って、努力しない奴をもの凄く、軽蔑していました、
それは今でも変わりません!!
だからこそ、、私は
『努力だけでは、届かない世界があるんですよ!』
と言う事を、、思い知りたい、、
なんか・・へんてこりんな文章ですね。
なんとなく理解してください、、
要は、努力で何とかなると言う自分の考え方を、
何かに「破壊」してもらいたいのです。
努力とか、能力とかでは、届かない世界を見てみたいのです。
それは、私にとっては、、「神秘」の世界なのです。
『応援お願いします!!』

そう聞かれたら、どの様に答えますか?
私は、
「最後の最後で失敗して『後悔』したい」
その様に答えます。
私はこれまで、何をするにも、
周りの数倍の時間的努力はしてきたと言う自負はあります。
(周りのレベルが低かったのかもしれませんが・・)
勿論それは、自分の自己満足で、それが世の中に評価されてるのかどうかは疑問ですが・・
幸いな事に、今は世の中に対して斜に構えることなく、向かい合っていれるから、
多分自身はある程度の満足感はあるのでしょうね!
私の人生の目標は、
『人の数倍の努力をして、努力をして、、努力をして、、、』
『人の数倍、成功を夢見て、夢見て、、夢見て、、、』
今まで、その様な感覚で生きてきて、自分の立てた「目標」と言うものは、
全て「完達」して来ました。
別に自慢しているわけではないのです、
自分としてみれば、これだけやったから『当たり前』と言う程度でしかないのです。
だから、今の私は世の中「舐めて」いるのかもしれません、、
「努力すれば何とかなる!!」
と言う「観念」が私の中にあるのです。
だからこそ、人生の「やり直し」が出来なくなる直前に
「失敗」 したいのです。
世の中そんなに甘くないな〜〜 と感じたいのです。
今までも、よく言われた言葉です。
「世の中甘く見すぎじゃない?」 みたいな言葉。
その度に心の中で・・
「私の何を知って言ってるの?」 と言う気持ち。
その言葉を飲み込んで生きて来て、
努力して、やり抜いてきました、、(まだまだな部分は沢山有りますが・・)
安定と言うものを平気で数回捨てて、、
登山家でもないのに、
「山がそこにあるから・・」 などと嘯いて、、
何度もチャレンジしては、、
周りに助けられて、何とかなってきた自分。
勿論、、ここに書けば殆どの(読んでる)人が「嘘でしょう?」と言う時も有りました。
でも、世の中、ある意味「簡単」なんです、、努力さえすれば。
こんな感覚が、
「間違いであって欲しい・・」
人生の晩年は・・・
『流れる水面に「字」を書こうとしていたかも・・・』
そう言って、晩年を迎えた、日本の武将がいます、
私の人生最終章はまだまだですが、
その武将が言った、、
「自分は『つき』が無かった・・」
そう言いたいのです、
今は「つき」なんて、努力しない奴の逃げ口上だと思っています。
そう思って、努力しない奴をもの凄く、軽蔑していました、
それは今でも変わりません!!
だからこそ、、私は
『努力だけでは、届かない世界があるんですよ!』
と言う事を、、思い知りたい、、
なんか・・へんてこりんな文章ですね。
なんとなく理解してください、、
要は、努力で何とかなると言う自分の考え方を、
何かに「破壊」してもらいたいのです。
努力とか、能力とかでは、届かない世界を見てみたいのです。
それは、私にとっては、、「神秘」の世界なのです。
『応援お願いします!!』

本日は予定変更します!
(良い前振りが、浮かばないので・・・突然書き出しです)
高校1年の時の話です、
初めての英語の授業で、
「これ宿題ね!」と言われました、
私は、「なんで?すって??宿題??・・」
やっていきませんでした、、
次の日授業で、「全員ノート見せて」と言われたので、
私もノートを出して、、
先生が順番に見回って来て、、
私の番です、、当然やってない、
先生「なんでやってこないのだ!!!」と凄い剣幕、、
私「どうして?やらないといけないのですか?」
先生「宿題だからやってこないと駄目なんだよ!!!」
と言いながら、、黒い出席簿で私の頭を「バッシッン!!」・・
叩かれました・・・
瞬間、、私の闘争心に燃え上がるのもが!!
(その当時のままの言い方で書きます)(方言でしたけど・・)
私「おい!!なんで?あんたに叩かれるんや?」
「あんたに?私を叩く権利も、理由も無いと思うけど」
先生「宿題やってこないからや」
私「だから、なんで?宿題何や?って聞いてるだろう?」
先生「皆の、能力上げる為や!」
私「それが、あんたの仕事ちがうんか?」
「それを生徒に押し付けたらあんたの仕事はなんなんや?」
先生「皆が授業に遅れない為や!!」
私「私が現在、授業に遅れてるの?」
先生「・・・・」
私「なぁーこのクラスで誰が遅れてるって思ってるの?言ってみてよ」
先生「無言・・・」
私「アホが!!二度と私に向かって口開くなよ!!」
先生「・・・・・・」
この先生とは、、高校3年間一度も話した事がありませんでした、
授業も、全て寝てました、、あはは〜〜
その時子供心に、体罰がどうのじゃなく、その方の、
生徒を馬鹿にした態度にイライラしたのを思い出します!
もう一つ行って見ます!!(乗ってきたな〜〜爆)
高校2年の時です、
体育の授業で、私は運動服に着替えて、グラウンドに出てました、
先生が来て、「おい、○○、次の時間に使うボール取って来いよ」
と命令口調で言われました、、
当然、、闘争心に火が・・・
私「どうして、私が取って来ないと駄目なんですか?」
先生「次の授業の準備だから、とにかく取って来い!!」(まだ命令口調)
私「授業の準備は先生がするものであって、私がするものなのですか?」
先生「これも授業の一環だ!!」
私「ほほ〜〜う、授業の一環ね〜〜」
「だったら、先生私だけえこひいきしたら駄目でしょう、
全員で取りに行くべきでしょう?」(イヤミたっぷりに)
先生「もういい!!お前のおやじに帰って聞け!」
(私の親父は地元の中学の教員でした)
私は
(良い前振りが、浮かばないので・・・突然書き出しです)
高校1年の時の話です、
初めての英語の授業で、
「これ宿題ね!」と言われました、
私は、「なんで?すって??宿題??・・」
やっていきませんでした、、
次の日授業で、「全員ノート見せて」と言われたので、
私もノートを出して、、
先生が順番に見回って来て、、
私の番です、、当然やってない、
先生「なんでやってこないのだ!!!」と凄い剣幕、、
私「どうして?やらないといけないのですか?」
先生「宿題だからやってこないと駄目なんだよ!!!」
と言いながら、、黒い出席簿で私の頭を「バッシッン!!」・・
叩かれました・・・
瞬間、、私の闘争心に燃え上がるのもが!!
(その当時のままの言い方で書きます)(方言でしたけど・・)
私「おい!!なんで?あんたに叩かれるんや?」
「あんたに?私を叩く権利も、理由も無いと思うけど」
先生「宿題やってこないからや」
私「だから、なんで?宿題何や?って聞いてるだろう?」
先生「皆の、能力上げる為や!」
私「それが、あんたの仕事ちがうんか?」
「それを生徒に押し付けたらあんたの仕事はなんなんや?」
先生「皆が授業に遅れない為や!!」
私「私が現在、授業に遅れてるの?」
先生「・・・・」
私「なぁーこのクラスで誰が遅れてるって思ってるの?言ってみてよ」
先生「無言・・・」
私「アホが!!二度と私に向かって口開くなよ!!」
先生「・・・・・・」
この先生とは、、高校3年間一度も話した事がありませんでした、
授業も、全て寝てました、、あはは〜〜
その時子供心に、体罰がどうのじゃなく、その方の、
生徒を馬鹿にした態度にイライラしたのを思い出します!
もう一つ行って見ます!!(乗ってきたな〜〜爆)
高校2年の時です、
体育の授業で、私は運動服に着替えて、グラウンドに出てました、
先生が来て、「おい、○○、次の時間に使うボール取って来いよ」
と命令口調で言われました、、
当然、、闘争心に火が・・・
私「どうして、私が取って来ないと駄目なんですか?」
先生「次の授業の準備だから、とにかく取って来い!!」(まだ命令口調)
私「授業の準備は先生がするものであって、私がするものなのですか?」
先生「これも授業の一環だ!!」
私「ほほ〜〜う、授業の一環ね〜〜」
「だったら、先生私だけえこひいきしたら駄目でしょう、
全員で取りに行くべきでしょう?」(イヤミたっぷりに)
先生「もういい!!お前のおやじに帰って聞け!」
(私の親父は地元の中学の教員でした)
私は

